魔眼
- 2017/09/29
- 17:33
この世には人を瞳の力で精神を汚染させる者がいる。まるでコードギアスのルルーシュがもつ魔眼、『ギアス』のようだ。その目を覗くと力が抜けて、一気にトランスへと導かれてしまう。
あぁこの人は魔眼を持ってるなぁ、というのはなんとなくの感覚でわかって、実際に僕の友人にも魔眼を持つものが何人かいるのだけれど、その魔眼の力が実際に僕自身に向けられたのは今年が初めてだった。
初めて受けた魔眼は吸引力の性質を持つものであった。
その瞳を見続けていると、思考が恐怖を感じさせぬまま固定され、どんどんその相手の体に吸い寄せられて行くような錯覚を作らせる。まるで虜、あっという間に彼女の操り人形だ。
吸引ギアスの使い手である彼女は、吸い込まれて行く僕を見定めるかのようにずっと僕だけを捉え続けていて、それに気がついた僕は性行為中に初めて恐怖という感覚を覚えた。だが、恐怖に気がつきつつも、その時にはもう既に体は自動的に動かされてしまっていた。僕は彼女の吸引され、これから『気持ちの良いことをする』彼女の体の一部分になってしまったかのようだった。
二人目は見た相手の体を溶かす能力を持つ魔眼であった。
この彼女も僕の目をずっと見続けていた。前の子とは異なり、僕の中に入り込んでくるような感覚があった。目で僕を溶かし、緩くなった部分に温かな表情や甘味な声を差し込む。染み込んだ彼女は、ゆっくりと僕の体の一部に、そして全部になってゆこうとしてゆく。
その日は外の、山奥での撮影であった。セックスをしておらず、なおかつカメラが回ってすらいない、そんな何気ない束の間の休憩の時間、出演者同士仲良く過ごしている時に、彼女は撮影の為、永遠とハイテンションで道化に徹する僕の横に立ち、この魔眼の力を使って、まず、僕の目を溶かしてきたのであった。世に言う「あざとい」顔と言葉を差し込んで、僕を支配してきたのだ。
僕は前回の彼女同様、支配され続けるのが怖くなっていた。だが、完全に支配はされていない。目はもう溶かされ切ってしまい、瞳孔を動かす出来なくなっていたが、口だけは動かすことができていた。僕は自由なその口を使い唐突に彼女をネグっていた。しばらくネグり続けた。こうもしないと僕の体の半分以上も同化された彼女を振り払うことが出来ないと思ったからだ。
ネグを受けた彼女は僕の方の胸の方に近づき、肩と腕を掴んだ。実に自然で抵抗のできない触り方を彼女は知っているようだった。ヒールをはいて僕よりすごく高い位置にある彼女の顔を見上げると少し悲しそうな顔をしていた。何を言われたのか、覚えていない。掴まれた腕と覗かれた目と入ってくる耳から彼女が進入し、僕の体を内部から溶かしているように思えた。
「そうやってカメラ回ってないところで矢鱈に簡単に男の体に触れるんじゃあない。」
口だけは自由であった。彼女は僕から離れた。
彼女は別の男優にも、女優にも、スタッフにも魔眼の力を使っていた。男優の中には完全に溶かされて、完全に支配されてしまってしまった者もいて、僕は自分のことを棚に上げて遠目から見ながら笑っていた。
この、溶かす魔眼の持ち主はいい人なんだろうと思った。何故ならば皆が見ていないところで、気配りや優しさを努力する。努力ではなく、それが彼女の生きる術なんだろう。だが、この彼女はあまりにも優しい。闇深い優しさ、病的ないい人、と呼べるだろう。
一方吸い込むギアスの持ち主はカリスマなのだろうと思う。いい者も悪い者も全て吸い込む。取り込む。自分の体の一部にして、そうしてその者たちを支配する。その支配力には抗えない。彼女の体は最高品質であり、取り込まれた後では付け入る隙はない。彼女の望む通りに進まねばならない。
たった一度の出会い、たった一度の関わり合いで、そんな強い印象を抱かせる人というのは稀だ。吸い寄せたり、溶かしたりする者たちと関わり合いを継続的に続けること、例えば、恋人となったり、セフレとなったり、魔法少女として契約してもらったり、っといったことは、この仕事をしていく上ではまずない。多分、彼女達に会うのはあの一度きりだけで、今後会うことはほぼないだろうと思う。もっとも、彼女達が長くこの仕事を続けるのであればもしかしたらもう一度会えるのかもしれない。ただ、僕も彼女本人も互いのことを忘れてしまっているだろう。後先味わうことのない感覚だけれども、この魔眼の力を直に受けた感覚を僕が忘れてしまうことは、絶対にないと思う。
いい思い出なのか、よくわからない。僕は支配された、その過去が僕をただ呆然とさせるのであった。願わくば、もう一度会いたい。そしてまた、恐るべき力に翻弄されてみたい。この彼女達だけでない、将来また遭遇するであろう、魔眼の使い手に。