声の炎、骸と霊
- 2016/07/31
- 17:07
夏だというのに木々がないためか蝉の声が聞こえぬ。この街は年中、体を搔き回すような爆音、鼓膜を引きちぎるような奇音、耳鳴りを作らせぬ足音と声が鳴り続いていて、皮膚に纏わりつくような湿気とシャツをまくしあげた腕に突き刺し続ける日差しを感じる皮膚感覚だけが夏を形容する。
今日も僕は女の子を探すため、街を彷徨う。美を見つけると足がオートマチックに動き出し、いつものポジション、その美の顔が確認できるくらいの少し斜め前を位置取り、目を丸めて言葉を当てる。
「金髪!短髪!いいね!切りたてホヤホヤって感じするね!そしてなんかいい匂いする!」
「え!?なに?えっ、違うし、だいぶ経ってるし!」
数10分もの間、共にポケモンを探す旅をした。バンゲ、連れ出しはできず、このカスミとはサヨナラバイバイをした。
随分と歩き疲れたので丁度座れそうなスロープに腰をかけ街を眺める。この街で止まり、街を道行く人の流れを眺めていると時間の経過と共に体から何かが消えて無くなっていくような、そんな感覚を覚える。その感覚を知った時には「その何か」はなくなっていて、人の流れを眺めるその目の中に美女が映り込むと、その何かとは「営業をする為の気力」であったということに気がつく。しばらく美女を目で追うが、体はオートマチックには動かなかった。僕の体ははますます消えて無くなる感覚に囚われて、なにもない、空虚になったように感じた。
今日の僕は随分とあまりにも空虚でここで座ったまま消えて死んでしまうような錯覚があった。
目の前で同業者が女の子に声をかけ続けているのに気がつく。数ヶ月前に合流した同業者。彼は僕の存在には気がついていないようだ。僕は近づくこともせずただ彼の動きを眺めていた。
スト師はストリートで声を発散し続けなければならない。こんな真夏の蒸し苦しいこの空間、この街で掛けるその声は、不思議なことにまるで極寒の地で唯一灯すことのできた炎のように思う。彼らは猛吹雪の中、命の生命線であるそれが燃え尽きてしまわないように女の子たちに声を当て続ける。その度にガンシカ、拒絶の風が吹く。彼らはその火が消えてしまわぬようにこの身で覆い隠すようにしてその場を去る。また新しい女の子を見つけるまで。
彼も例外ではなく、ゆっくりと随分堂々と歩いているが、歪がそこにあるのが見て取れた。スト師達の体は己の火を守るためだけのタダの機械的なパーツのようで、その火が女の子達の拒絶によってふと消えてなくなってしまうと、ただの亡骸に成ってしまうのではないのだろうかと思えた。心配に見える。声だけが、彼らが生きている事の証明であるかのようだった。
この場で声を掛けていないスト師を見つけた。それが僕だった。空虚となった体から吐き出される音のない声、吐息がこの街を彷徨う亡霊のように、ただそこに存在だけしていた。
なにをしているんだろう、なんのためにここにいるんだろう、なんで声をかけられないんだろう、なんで女の子を連れ出せないんだろう、なんで即れないんだろう、なんでここで座ってしまうんだろう、なぜ動けないんだろう。力なく緩み開いた口元からそんな音のない声が吐き出され続けていた。同時に何度もなんども美女が通り過ぎていく。その度にその度に僕の体は削り取られていき、そんな音のない声すらも消えてなくなってしまった。亡骸でも亡霊でもなくなっていた。存在しない何かでしかなかいように思う。
「随分と急いでますね!」
気がついたら僕は随分と早歩きの女の子と並走して歩き、その美に声を当てることをしていた。