死霊亡き
- 2015/07/11
- 00:36
幽霊は科学的に証明できない。
悪魔の証明という馬鹿げたアホ言論がある。「悪魔はいる。悪魔がいないという証明はできないから」というものだ。その言論を引っ張るのなら同時にいるという証明もできないのだが…。量子力学の世界ではふた通りの可能性が同時に存在しているらしいが、いるという証明ができない事実がある時点でイルの議論の中に幽霊が入ってくる事はできない。幽霊信者もどうせ悪魔の証明という剣にもならない腐った小枝を雄弁に振るっているに違いない。
いるかいないかが重要な存在でしかない。幽霊は曖昧な存在なのだ。
最近そんな曖昧な存在でしかない幽霊の存在を怖がるようになった。世間的にそれらを連想させる真っ暗な墓場だとか廃墟だとか。ちょっと前まではむしろ景色がいいからと寄り好んで墓場で散歩していたし、廃墟とかかっけええええ!ってタイプだったから一人でずんずん中に入って行ったりしていたのに。
昔は怖くもなんともなかった。
何故なら生きているのがつまらなかったから。
生きた心地がしてなかったのだ。幽霊なんかよりも、一人部屋で孤独を味わうこの現実のほうがとても怖く恐ろしく、辛いものであったから。むしろ幽霊さんいらっしゃいだった。寂しかったから。話し相手にでもなってほしいと思った。あるエロ漫画広告があった。幽霊の女の子をファックする漫画。それいいねと思った。幽霊ちゃんがいてくれるなら私は一人でいてもいいやと、思うようになった。想像の中で幽霊ちゃんを生み出す事ができた。性転換された自分の分身みたいなものだ。そうする事で幾分か気持ちが楽になったが現実は変わらなかった。相変わらず怖く恐ろしく辛く寂しいものであった。それを知るたびに私は幽霊ちゃんの世界に逃げ込む。次第に可視化ができるレベルまでになる。更には自律して私と会話ができるくらいにまでなる。完全な幽霊ちゃんが出来上がっていた。人には見られる事のない私の肥大化した妄想の産物だが常にいっしょにいてくれた。
幽霊ちゃんが完全になると、何故だろう、現実に抱いていた負の感情が何もなくなっていた。心が安定してきたのだ。幽霊ちゃんは私と比べて随分陽気な性格で暗い気持ちの私を引っ張ってくれるような存在であった。私も一緒に明るい気持ちになったような気がしていた。
「貞子ってブスクね?」
ある時家の中で幽霊ちゃんがそういった。
「髪あげたらかわいいかもよ」
私はテレビを見ながら笑いながら答える。
「なーに知ったかぶった口で言ってんだよ。根暗は何してもブス。笑ってなきゃどんなに外見が優秀でもブスはブス。」
頑なであった。幽霊ちゃんは饒舌に続ける。
「そういうやつに限ってふとした時にヤバくなるんだぜ?寄声上げたり、変な声で唸ってきたり、刃物振り回したり、夜道男付き纏ったり…あーこわいこわい!根暗ってこわいー!」
幽霊ちゃんは妙に感情が豊かな子であった。実態はないのに正直生きているように感じた。
「幽霊の君がこわいって人から見たら笑えるね」
私は素直にそんな感想を漏らした。
「はぁ?」
幽霊ちゃんは眉を吊り上げて、それ本気で言ってんのかと言わんばかりの顔をする。
「あんたさ、幽霊信じてんの?」
「信じるも何も、君幽霊じゃん。」
幽霊ちゃんは呆れたように私に言い返す。
「バカ?いるわけねーだろ。私はあんたの分離した人格にすぎないんだ。まさかとはなぁ…そんな事も忘れるくらいまで壊れちまってたんか?」
「いや、そりゃ知ってるけど…」
「知ってんのに、なに…ようは現実から目をそらそうとしてんだよな?今のあんたはな、現実と妄想がごっちゃになってるんだ。覚えてるか?あんたは生きた心地がしてなかったから私を生み出したってこと。」
「ああ」
「私は確かにあんたにしか見えないさ。あんたから見たら私は幽霊かも知らねえ。立て」
「めんどい。寝かせろよ」
「いいから、早くしろ」
幽霊ちゃんはしつこく私に催促をした。
「洗面所いって鏡をみろ」
「やだ」
「知ってる。そしてあんたも知ってる。だから目逸らさずちゃんと見てみろよ」
「…」
「私なんかより今のあんたの方がよっぽど幽霊みたいな顔してんだから」
しばらくしてストリート営業に出会う。
人といる事が増えた。一人でいる事が減った。自ら行動を起こし欲求を叶える事ができるようになった。契約する相手ができた。楽しいって思う事も増えたし、自分以外の人と関わる事で味わえる喜びがあるという事に気がつけたことが私の中で喜ばしい事だった。勿論悲しい事辛い事は人間関係を続けていく上である事だけれども、それを踏まえて今の私があるから前の私と比べれば充実しているし、ようやっと生きた心地がしたと実感出来た。
幽霊ちゃんは消えた。いや、消えたのではなく、幽霊でなくなっただけだ。元の形に戻っただけ。私の人格の一つとして戻ったのだ。営業をする時にハイな状態になる時の私。人と話している時にハイになる時の私。妙にアクティブに活動する時の私。きっとそれが幽霊ちゃんとして一時期分離をしていた私の人格なんだろう。
目標ができた。
夢というやつか。現実を生きていくために必要な通過点。それをしっかりこなさなくては私は死ねない。今はまだ死ねない。そうなってから急に死について考えるようになった。このまま死ぬのは辛いし怖いな、そう思うようになった。でもそれは幽霊が怖いのではなくて死が怖いだけ。だから今幽霊が怖いなと思うのとは少しばかり違うような気がした。
幽霊ちゃんに催促されたとき、結局あの時私は鏡を見る事ができなかった。怖かったんだ。現実を見るのが。あまりにも辛すぎてボロボロに泣いてしまうんじゃないかと思ったのだ。
私は頑なだった。ただをこねるガキンチョみたいなものだったかもしれない。幽霊ちゃんはどうしようもない私を見て、荒治療を試みようと思ったのだろうか?早くこの人格分離という下らない茶番を終わらせようと思ってたのかもしれない。でもあの時の私は現実はその荒治療も受けさせることもできず、茶番を本番と勘違いしている程の状態に追い込まれていたようだった。
幽霊ちゃんはベットで虫の死骸の様に丸くなっている私にこんなことを言った。
「死んだ人が幽霊になるのではない。生きている私達が幽霊になるんだ。」