【北海道ナンパツアー4日目】傲慢な芽、泥から出でる
- 2015/12/07
- 16:26
私は人と会話するときその目を見る時がある。ずっと見ていることは疲れるし緊張する。だから自分の意識が相手側にしっかりと向いているときに、そこへ集中しようとする。
北海道に来て3回目の夜ストが終わり就寝に着こうとしているこのちょっとした会話の中でも相手の目を見ることへの集中は何度か訪れた。私の目の前にいるこの人物は大抵の時、私の顔を見て口を発することをしない。私が見るときがたまたまそうなのかよくわからないが、左下と右真横にそらしながら言葉を口にする傾向があるように感じる。この彼の目がもつ意味を私は知らない。どっちに振れると過去のことを考えているとか、こっちに振れると未来を考えているとかあるらしいが、複雑すぎてよく覚えてない。私はそこに意味を見出さない。見出すつもりは全くなかった。意味もなく、いや、自身が気が付かぬ何かしらの意味を感じながら、この北海道の営業ツアーで、私は彼の動く目を何度も見てきていた。何故そんなことをするのか。多分泳ぐ眼球を見て、何かを考えている目の前の相手を見ることが好きなのだろう。きっとそれだけなのだろう。これは誰かによるところの影響なのか、それとも己から湧き上がる欲求によるところなのか、ハッキリとはわからなかった。わからなくてよいと思った。大抵の場合、人は人と目を互いに合わせながら会話することはない。私が人の目を見る時、その人は私の目を見ていない。目の前のこの彼も同様に、私の目を見てこようとはしないから、それでなんの問題もなかった。
「みんなに嫌われていること気がついてる?」
だが、この時はしっかりその目に私の顔を捉えて入るのがわかった。蔑むような、怒りを込めたような、憐れんでいるかのような、その様な目で。それに気がついた私はピンと張りめぐらせていた細い糸のような彼へと向かう集中が、ぷつっと切れたかの様に一瞬にして途切れる。目は間違いなく彼を捉え続けているのに、さっきまで向けていた意識は急に真逆に進行方向を変え私を内省へと導いた。時間にすれば一瞬で、私はすぐに返答の答えを用意し、返答することは出来たが、一ヶ月弱経った今でも鮮明に一挙一挙の動きを思い返せるくらい時間がゆっくり進んでいる様に感じていた。
「何と無くは、気がついてましたよ」
本当は嘘である。今、シンジさんに言われて気づかされたのである。内省へと瞬間に導かれた私は走馬燈の如く、次々と仲間たちとの関わりで生じていた違和感を思い返させられていた。その関わりの違和感とは、確固たる拒絶と完全なる孤独であったのだと、この時初めて決定付けることができた。シンジさんは私のした返答にまるで答え合わせをする様に、誰々がこういう拒絶を、君はこういう嫌悪感を与えていた、と説明をしてくれている。私はそれら全てに納得をした。
「自立と責任、ってわかる?」
別の問いを投げかけられる。もう私はシンジさんの目を見てはいなかった。シンジさんの姿を見ながら、私の中身に巣食う何かを見て、それを掘り起こすことをしていたようだった。
「何かに依存をせず、1人で生きていけること、ですか?」
回答をする。うーん、と歪んだ顔をされる。不正解だった様だ。何故、こんな質問を投げられたのかよくわからなかった。
「〇〇と〇〇の違いはわかる?彼らは何に依存をしているのか」
それにまた私は答える。
「2人とも社会に依存しているんだ思います」
また歪み。また不正解か。私はそれに至った理由を説明していく。が、説明しながらも自分が導いた答えがよくわからなくなってしまっていた。
「君みたいな社会不適合者、俺は好きだよ」
シンジさんは何故かそう嬉しそうに私に告げた後、シャワーを浴びにいった。私は布団に倒れ込んでいた。三日目の営業が終った。
四日目の昼は小樽に行き、寿司を喰らった。北海道に来て回転寿司…?と思ったが凄く凄く混んでいた。いつ飯にありつけるのか、見当もつかず、店外の椅子に仲間とともに座る。bさんとhさんと私。3人とも昨夜の疲れがあるのか、それとも何か別の要因があるのか、席についても口を開くことはなく、各々足を組み待つ。要因があるにせよ、どれくらい待たされるかわからない状態で会話がまるでないのはなにか辛いものがないか?そう思った私は彼ら2人に昨日のストの事を聞いてみることにした。今この3人の中で、即をしていないのは私だけだ。だからか、彼らがどんな即をしたのか興味がわいていた。
hさんはスト初心者である。昨夜はkさんとクラブに行きコンビで二人組に声をかけ、セパレート。うまいことホテルへ連れ込んで人生初めての即を経験することができたらしい。
「ビギナーズラックだよ、ほんと運が良かっただけ」
そう彼は言うが即には変わりない。しかもストでの営業がこのツアーが初めてなのだという。尚更おめでたいことに変わりはない。もっと喜んでいいのに彼は謙遜していた。私は彼が初めての営業で初めての即をすることが出来てどんな気分になれたのかもっとよく知りたかったのに。
bさんは元々は流星道場生。昨夜のストでは流星さんとたまたま会話をしているときに通り過ぎた女の子に「あれ行ってこいよ」と言われ声をかけたところ即することができたらしい。
「ぶっちゃけ勢いだけっすよw自分もたまたま運が良かっただけっすw」
だがその子を食いつけさせたその容姿は日々の努力の賜物だし、彼ももっと喜んでいいと思うのだが…彼もまた謙遜していた。
彼らの営業の話、即の話の後に、私も昨夜の惨敗を語ることにした。
「QBさんは運が悪かっただけだよ。連れ出した子がたまたまタイミングが合わなかっただけさ」
「運も実力のうち、とかよく言うもんだよ」
青空の元、ちゅんちゅんと鳴きながら飛ぶ雀を見ながら私は、折角の彼らの慰めにそう卑屈で返していた。そんな中、未だ混み混みな群衆の奥から見識のあるイケてる顔ぶれが出てくるのを見かけた。流星軍団である。私達がその寿司屋に着く前に流星軍団が先に食事を済ませていたらしい。私達は彼らと目があうと「おっす」と互いに挨拶を交わした。
「どうです?調子のほうは」
私は群衆から出てくる彼らにそう言葉を当てていく。そういえば彼らとストで会うたびに、私はまるで流星軍団への声掛けルーティーンの如くこの言葉を口にしていることに気がついた。
「いやー、ダメっすね…」
と、顔を青ざめたまま言う人もいれば、
「んー…」
と、何も言わずダークサイドに堕ちた人もいれば
「4即です。いやでもまだまだっすよ」
と、私の両脇にいるhさんやbさんの様に結果を出しているのにも関わらず謙遜する人もいた。道場生で喜びを露わにしている人は誰もいなかったきがする。
「おーおー」
最後に残りの道場生を率いて流星さんがやってくる。流星さんだけは嬉しそうに、幸せそうな満足そうな喜びに満ちた様な顔をしていた。旨い寿司が食べられたから、という訳ではないという事がよくわかった。
「その調子だとQBまだ即れてないんだろうー?」
流星さんは立ち止まってはなす事はなかった。ゆっくりと歩きながら、恐らく次の目的地があるのだろう、すれ違いざまに私に言う。小馬鹿にしながらそこに嬉しさを見出している様な。私が楽になるためのコミュニケーション。
「そうなんすよ」
苦笑いをしながら私は答える。
「どーせまだ連れ出しもしてないんだろうー?」
「つ、連れ出しはしましたよ!」
「おおっ、連れ出したんか。そっかそっか」
流星さんはまた何か納得した様な顔をしながら私達の場所を後にした。流星軍団が店を出た後直ぐに「公家様ー、公家様ー」と呼ばれた。後から聞いたことなのだが、どうやら流星さんは私たちの分の席を予約しておいてくれたらしい。やっぱり流星さんは偉大だなと思った。(ありがとうございました)
飯を終えた後、凄く綺麗な岬に行った。だが強風にて閉鎖をされており断念してしまった。やはり北海道、一つの名所に行くのに距離がとても長く、凄く時間がかかってしまう。すでに空は夜になる準備を始めていた。断念を決めた後、地元民bさん一押しの温泉に行くことになった。場所は札幌周辺。その温泉に向かう運転手は私を凄くいい感じに無視し、綺麗なまでに苦手意識を根付かせてくれたkさんだった。その助手席にどういう因果があってか、私が座ることになった。
(気まずい)
車中ただその一言しか浮かばなかった。
運転をしながら彼は私に話しかけることもなく、後ろにいるシンジさんとfさんの会話に適時ツッコミを入れていた。だがfさんもシンジさんも疲れが溜まっていたからか、直ぐに寝てしまった。沈黙が訪れる。
「kさんって両手で運転するんですね。片手でグイグイ行くイメージでした」
私の彼への声かけは何の脈絡もなく唐突にぶっ飛んだものであった。kさんはその私の、今考えてみるとおぞましい言葉に、丁寧に返答をしてくれた。
「そりゃな。みんな預かってるわけやから、形だけでも安心さ見せなあかんやろ」
思えば、kさんとのまともな会話はツアーが始まってこれが初めてだった。その最悪な出だしから、私は昨夜のkさんの即についてから、kさんの普段の営業についてなど、色々な話を聞いていった。私自身も苦手意識のあった彼と意外にも会話は出来たなと今となっては思う。もっとも、会話が弾んだ、といえるほどの会話では決してなかった。私がkさんに問いをかけるだけの会話であった。
そんな私の一方的に『雑』な会話の中、ふとkさんが私に言葉を投げかけてきた。
「QBって会話雑だよな」
私は驚いた。
多分彼は私に対してずっと拒絶を続けていくものだと思っていたからだ。そんな彼が、彼から私に言葉を投げかけてきた。絶対に私のことを嫌っているであろう彼が何故?という疑問よりも先に私の口は彼の言葉に食いついていた。
「はい。シンジさんにめちゃくちゃそれ言われています。あれ、でもkさん俺とナンパしましたっけ…?」
「んや、俺とシンジさんが2人でやっているときQBが混じった時があったやろ?そん時にわかった」
「そうなんですね」
「てか、QBは会話の雑さってのはナンパに対してだけやと思っとるかもしれんけど、QBの会話の雑さって、別に女の子だけやないからな。俺らとの会話でも、だからな。」
「まじすか…?」
「おう」
「ヤバいっすねそれ」
「おう、ヤバイ」
「どうすりゃいいんでしょうか、俺」
「丁寧に会話すること、空気を読むこと」
「んん…なるほど」
「ツイッターでQBを見ることもあって、ツアー行く前にブログをちょろっと見てみた。そのときは繊細で丁寧な人なんだなぁって思ってたんやけど、実際会ってみたら全くの別人で。正直驚かされたわ」
その後、kさんから私の指摘がつづいていった。彼の中のリミッターが解除されたかの様だった。みんな…という言葉をよく使っていたが、それはおそらくは彼が一番懐いていた感情なのだろう。きっと私に対しての怒りや憎しみ、嫌悪の言葉であろう。その一言一言が明け方したシンジさんとの会話と同じ様に、私を内省に導いていき、そして凹ませていった。だがその言葉発している彼、私を指摘している彼の顔は、憎悪や怒りに満ちた顔ではない様に感じた。そう感じたのは、彼が私に彼の感情をぶつけてきたということがなんでか嬉しくてしょうがなかったからであろう。露天風呂が最高に良いbさんイチオシの銭湯に着いたころには私はkさんへの苦手意識はなくなっていて、凹ませるほどの言葉をぶつけてくれたことに感謝をしていた。
面と向かって人に指摘をするということは大人になると本来とても勇気のいることだ。何故ならばその相手に逆ギレされるかもしれないリスクを背負うからである。また、愛がなければ人に指摘することはできない。如何なる理由があれど、なんとか変わって欲しいという思いがなければ普通人は無視をするからだ。彼は私に指摘をしてくれた。彼が実際にどう思っていたのかはわからないが、私の中の解釈の上では、その指摘してくれた事実が私にとって嬉しいものであった。
『みんなに嫌われている』という明け方シンジさんにも言われた話題についてはkさんはもうそれ以降は言ってこなかった。私はその話題については頑なに考えないようにしていた。もしかしたらkさんにその意思が通じてしまったからかもしれない。
私は前日迷惑をかけてしまったので時計を気にしながらその微温湯を堪能した。堪能し、ナンカレーを夕飯として食べた後、ホテルに到着した。
私はシンジさんとkさんと共に同じ部屋に戻る。各々夜ストの準備。kさんは明日で終わりなので帰りの支度も済ませていく。しかしシンジさんはというと、着替えることも髪をセットすることもなく、なんと布団にそのまま入ってしまった。
「寝たい!」
「いやいやいやw」
kさんがツッコミ、私が苦笑い。ただシンジさんが相当疲れているであろうのは違いなかった。旅行の計画を立てながら即を重ねていきながら私達を率いて同時に個別に指導をしているわけだから。
「この後アポなんだけど外でたくねー!寝てー!あっそうだ」
入った布団から半身だけ起こし、洗面所にてジェルを髪につけている私を見て言う。
「QB、代わりに行ってきて」
「…はい?」
ホテルロビー。
「こんばんわ、使いの者です」
「あ、えっはい、どうも…」
私はなるべく笑顔で、テンションもなるべく高めに彼女と接した。彼女はなんとも言えない表情をしていた。敢えて形容するのなら、困惑。
「なんかスミマセンwいきなりすぎてびっくりしますよねw」
「あっ、はいw。こちらこそなんか、すみません」
「いやいや、謝らないでくださいw多分これ、謝るべき人は我々じゃないです」
「そうですねw」
「彼、なんかホテルでたくないとか舐めたこと言ってるので、見舞いがてらに外に引きずり出してやりましょうw」
「え…ぇえー?w」
ホテルに隣接したコンビニでワインを購入する。店内を歩きながら会話をしていく。
「おととい、そこの寿司屋さんで声かけられたんです。」
「おー、あそこの寿司屋さん」
「はい。で、明日休みだしちょうど暇だったから会おっかなーって思ってきたんですけど、ホテルの前で待ってたら急に『使いの者をよこす』とかきて、どういうことー??みたいな」
「そりゃどういうこと〜になるよwびっくりだよねw知らない奴がいきなり迎えに来るとか。前代未聞」
「はいw」
彼女は帰ろうとしていたが、まぁまぁとなだめ説得していきながらシンジさんの待つホテルへなんとか連れ出すことができた。部屋のドアを開け、布団で埋もれているシンジさんを起こす。
「連れてきましたよー起きてくださーい」
「おーおーう、ありがとうー」
彼女、私苦笑い。
「どういうことなんだか説明してあげてくださいよー」
若干投げやりな私。
「うーん、久しぶり。来てくれてありがとう」
完全寝起きスタイルのシンジさん。マジで寝ていたらしい。どうすればいいんだこれ。とりあえず私は彼女をなかへうながした。
「とりあえず、立ってるのもなんだし中入りなよ」
「いや、私はこれで帰るので大丈夫です…」
その場で寝ているシンジさんを前に立ち話になる。数分ほどか、ようやっとシンジさんは体を起こし、
「外で話してるとうるさいから中においで、ドアは開けておくから」
と彼女を中へ誘導した。しぶしぶ彼女は入っていく。私はベッドに、彼女は用意されている椅子に腰を掛ける。さぁゲームの始まりか???彼女同様私もよくわからなくなっていた。
そういえばシンジさんとのカオスは二度目であった。一度目は初日。女の子が帰らなきゃならないところを、家で待っているというその子の男を我々がいる店に呼び出し、4人で飲むというわけのわからぬ感じに。普通呼ぶか?呼ばないよな?
カオスに直面している丁度その時は、もう訳がわからなかった。シンジさんはとても楽しんでいる様だったけれど私は謎すぎるノリについていくので精一杯であった。
ホテルの部屋で寝巻きで布団にくるまるシンジさんと、シンジさんが声をかけた女の子、そして謎の使者である私。この状況も十分にカオスであった。というかそもそもである。自分が声をかけた女の子に待ち合わせの場所にその子の全く知らぬ男を当てがうか?普通?
普通じゃない状況に私はただただ混乱であった。だが、今思い返してみれば結構楽しかったのかもしれない。そして、もうちょっと楽しめばよかったなと、もったいないことをしていたという気にもなった。状況の混沌さにあの時はただ囚われていたけれど、唐突な普通じゃないこの様な状況にも、もう少し楽しめる様になれれよいなと感じた。
このままホテルでどうなるのだろう。そう思いながら私は北海道で新調したpコートを脱ぎ、ハンガーにかけた。そのまま2本目のハンガーを手に持ち
「上着かける?」
と、室内にいて温かいにも関わら肩をすぼめている彼女に声をかけた。椅子にちょこんと座りながらバックを抱えてキョロキョロしている。キョロキョロしている彼女の頭部に付けられた目玉を見る。その目玉はまるで磁石の反発の如く、我々2人の視線と合わせないように避ける様にしていた。
「いや、大丈夫です。」
その後、買ってきたワインを部屋で3人で飲み、3人でなんやかんや話した。なんやかんや話した後、結局私と女の子2人で部屋を出て飲みに行くことになった。
「ナンパ」を営業と呼び始めて一番の、重い夜が始まろうとしていた。
北海道に来て3回目の夜ストが終わり就寝に着こうとしているこのちょっとした会話の中でも相手の目を見ることへの集中は何度か訪れた。私の目の前にいるこの人物は大抵の時、私の顔を見て口を発することをしない。私が見るときがたまたまそうなのかよくわからないが、左下と右真横にそらしながら言葉を口にする傾向があるように感じる。この彼の目がもつ意味を私は知らない。どっちに振れると過去のことを考えているとか、こっちに振れると未来を考えているとかあるらしいが、複雑すぎてよく覚えてない。私はそこに意味を見出さない。見出すつもりは全くなかった。意味もなく、いや、自身が気が付かぬ何かしらの意味を感じながら、この北海道の営業ツアーで、私は彼の動く目を何度も見てきていた。何故そんなことをするのか。多分泳ぐ眼球を見て、何かを考えている目の前の相手を見ることが好きなのだろう。きっとそれだけなのだろう。これは誰かによるところの影響なのか、それとも己から湧き上がる欲求によるところなのか、ハッキリとはわからなかった。わからなくてよいと思った。大抵の場合、人は人と目を互いに合わせながら会話することはない。私が人の目を見る時、その人は私の目を見ていない。目の前のこの彼も同様に、私の目を見てこようとはしないから、それでなんの問題もなかった。
「みんなに嫌われていること気がついてる?」
だが、この時はしっかりその目に私の顔を捉えて入るのがわかった。蔑むような、怒りを込めたような、憐れんでいるかのような、その様な目で。それに気がついた私はピンと張りめぐらせていた細い糸のような彼へと向かう集中が、ぷつっと切れたかの様に一瞬にして途切れる。目は間違いなく彼を捉え続けているのに、さっきまで向けていた意識は急に真逆に進行方向を変え私を内省へと導いた。時間にすれば一瞬で、私はすぐに返答の答えを用意し、返答することは出来たが、一ヶ月弱経った今でも鮮明に一挙一挙の動きを思い返せるくらい時間がゆっくり進んでいる様に感じていた。
「何と無くは、気がついてましたよ」
本当は嘘である。今、シンジさんに言われて気づかされたのである。内省へと瞬間に導かれた私は走馬燈の如く、次々と仲間たちとの関わりで生じていた違和感を思い返させられていた。その関わりの違和感とは、確固たる拒絶と完全なる孤独であったのだと、この時初めて決定付けることができた。シンジさんは私のした返答にまるで答え合わせをする様に、誰々がこういう拒絶を、君はこういう嫌悪感を与えていた、と説明をしてくれている。私はそれら全てに納得をした。
「自立と責任、ってわかる?」
別の問いを投げかけられる。もう私はシンジさんの目を見てはいなかった。シンジさんの姿を見ながら、私の中身に巣食う何かを見て、それを掘り起こすことをしていたようだった。
「何かに依存をせず、1人で生きていけること、ですか?」
回答をする。うーん、と歪んだ顔をされる。不正解だった様だ。何故、こんな質問を投げられたのかよくわからなかった。
「〇〇と〇〇の違いはわかる?彼らは何に依存をしているのか」
それにまた私は答える。
「2人とも社会に依存しているんだ思います」
また歪み。また不正解か。私はそれに至った理由を説明していく。が、説明しながらも自分が導いた答えがよくわからなくなってしまっていた。
「君みたいな社会不適合者、俺は好きだよ」
シンジさんは何故かそう嬉しそうに私に告げた後、シャワーを浴びにいった。私は布団に倒れ込んでいた。三日目の営業が終った。
四日目の昼は小樽に行き、寿司を喰らった。北海道に来て回転寿司…?と思ったが凄く凄く混んでいた。いつ飯にありつけるのか、見当もつかず、店外の椅子に仲間とともに座る。bさんとhさんと私。3人とも昨夜の疲れがあるのか、それとも何か別の要因があるのか、席についても口を開くことはなく、各々足を組み待つ。要因があるにせよ、どれくらい待たされるかわからない状態で会話がまるでないのはなにか辛いものがないか?そう思った私は彼ら2人に昨日のストの事を聞いてみることにした。今この3人の中で、即をしていないのは私だけだ。だからか、彼らがどんな即をしたのか興味がわいていた。
hさんはスト初心者である。昨夜はkさんとクラブに行きコンビで二人組に声をかけ、セパレート。うまいことホテルへ連れ込んで人生初めての即を経験することができたらしい。
「ビギナーズラックだよ、ほんと運が良かっただけ」
そう彼は言うが即には変わりない。しかもストでの営業がこのツアーが初めてなのだという。尚更おめでたいことに変わりはない。もっと喜んでいいのに彼は謙遜していた。私は彼が初めての営業で初めての即をすることが出来てどんな気分になれたのかもっとよく知りたかったのに。
bさんは元々は流星道場生。昨夜のストでは流星さんとたまたま会話をしているときに通り過ぎた女の子に「あれ行ってこいよ」と言われ声をかけたところ即することができたらしい。
「ぶっちゃけ勢いだけっすよw自分もたまたま運が良かっただけっすw」
だがその子を食いつけさせたその容姿は日々の努力の賜物だし、彼ももっと喜んでいいと思うのだが…彼もまた謙遜していた。
彼らの営業の話、即の話の後に、私も昨夜の惨敗を語ることにした。
「QBさんは運が悪かっただけだよ。連れ出した子がたまたまタイミングが合わなかっただけさ」
「運も実力のうち、とかよく言うもんだよ」
青空の元、ちゅんちゅんと鳴きながら飛ぶ雀を見ながら私は、折角の彼らの慰めにそう卑屈で返していた。そんな中、未だ混み混みな群衆の奥から見識のあるイケてる顔ぶれが出てくるのを見かけた。流星軍団である。私達がその寿司屋に着く前に流星軍団が先に食事を済ませていたらしい。私達は彼らと目があうと「おっす」と互いに挨拶を交わした。
「どうです?調子のほうは」
私は群衆から出てくる彼らにそう言葉を当てていく。そういえば彼らとストで会うたびに、私はまるで流星軍団への声掛けルーティーンの如くこの言葉を口にしていることに気がついた。
「いやー、ダメっすね…」
と、顔を青ざめたまま言う人もいれば、
「んー…」
と、何も言わずダークサイドに堕ちた人もいれば
「4即です。いやでもまだまだっすよ」
と、私の両脇にいるhさんやbさんの様に結果を出しているのにも関わらず謙遜する人もいた。道場生で喜びを露わにしている人は誰もいなかったきがする。
「おーおー」
最後に残りの道場生を率いて流星さんがやってくる。流星さんだけは嬉しそうに、幸せそうな満足そうな喜びに満ちた様な顔をしていた。旨い寿司が食べられたから、という訳ではないという事がよくわかった。
「その調子だとQBまだ即れてないんだろうー?」
流星さんは立ち止まってはなす事はなかった。ゆっくりと歩きながら、恐らく次の目的地があるのだろう、すれ違いざまに私に言う。小馬鹿にしながらそこに嬉しさを見出している様な。私が楽になるためのコミュニケーション。
「そうなんすよ」
苦笑いをしながら私は答える。
「どーせまだ連れ出しもしてないんだろうー?」
「つ、連れ出しはしましたよ!」
「おおっ、連れ出したんか。そっかそっか」
流星さんはまた何か納得した様な顔をしながら私達の場所を後にした。流星軍団が店を出た後直ぐに「公家様ー、公家様ー」と呼ばれた。後から聞いたことなのだが、どうやら流星さんは私たちの分の席を予約しておいてくれたらしい。やっぱり流星さんは偉大だなと思った。(ありがとうございました)
飯を終えた後、凄く綺麗な岬に行った。だが強風にて閉鎖をされており断念してしまった。やはり北海道、一つの名所に行くのに距離がとても長く、凄く時間がかかってしまう。すでに空は夜になる準備を始めていた。断念を決めた後、地元民bさん一押しの温泉に行くことになった。場所は札幌周辺。その温泉に向かう運転手は
(気まずい)
車中ただその一言しか浮かばなかった。
運転をしながら彼は私に話しかけることもなく、後ろにいるシンジさんとfさんの会話に適時ツッコミを入れていた。だがfさんもシンジさんも疲れが溜まっていたからか、直ぐに寝てしまった。沈黙が訪れる。
「kさんって両手で運転するんですね。片手でグイグイ行くイメージでした」
私の彼への声かけは何の脈絡もなく唐突にぶっ飛んだものであった。kさんはその私の、今考えてみるとおぞましい言葉に、丁寧に返答をしてくれた。
「そりゃな。みんな預かってるわけやから、形だけでも安心さ見せなあかんやろ」
思えば、kさんとのまともな会話はツアーが始まってこれが初めてだった。その最悪な出だしから、私は昨夜のkさんの即についてから、kさんの普段の営業についてなど、色々な話を聞いていった。私自身も苦手意識のあった彼と意外にも会話は出来たなと今となっては思う。もっとも、会話が弾んだ、といえるほどの会話では決してなかった。私がkさんに問いをかけるだけの会話であった。
そんな私の一方的に『雑』な会話の中、ふとkさんが私に言葉を投げかけてきた。
「QBって会話雑だよな」
私は驚いた。
多分彼は私に対してずっと拒絶を続けていくものだと思っていたからだ。そんな彼が、彼から私に言葉を投げかけてきた。絶対に私のことを嫌っているであろう彼が何故?という疑問よりも先に私の口は彼の言葉に食いついていた。
「はい。シンジさんにめちゃくちゃそれ言われています。あれ、でもkさん俺とナンパしましたっけ…?」
「んや、俺とシンジさんが2人でやっているときQBが混じった時があったやろ?そん時にわかった」
「そうなんですね」
「てか、QBは会話の雑さってのはナンパに対してだけやと思っとるかもしれんけど、QBの会話の雑さって、別に女の子だけやないからな。俺らとの会話でも、だからな。」
「まじすか…?」
「おう」
「ヤバいっすねそれ」
「おう、ヤバイ」
「どうすりゃいいんでしょうか、俺」
「丁寧に会話すること、空気を読むこと」
「んん…なるほど」
「ツイッターでQBを見ることもあって、ツアー行く前にブログをちょろっと見てみた。そのときは繊細で丁寧な人なんだなぁって思ってたんやけど、実際会ってみたら全くの別人で。正直驚かされたわ」
その後、kさんから私の指摘がつづいていった。彼の中のリミッターが解除されたかの様だった。みんな…という言葉をよく使っていたが、それはおそらくは彼が一番懐いていた感情なのだろう。きっと私に対しての怒りや憎しみ、嫌悪の言葉であろう。その一言一言が明け方したシンジさんとの会話と同じ様に、私を内省に導いていき、そして凹ませていった。だがその言葉発している彼、私を指摘している彼の顔は、憎悪や怒りに満ちた顔ではない様に感じた。そう感じたのは、彼が私に彼の感情をぶつけてきたということがなんでか嬉しくてしょうがなかったからであろう。露天風呂が最高に良いbさんイチオシの銭湯に着いたころには私はkさんへの苦手意識はなくなっていて、凹ませるほどの言葉をぶつけてくれたことに感謝をしていた。
面と向かって人に指摘をするということは大人になると本来とても勇気のいることだ。何故ならばその相手に逆ギレされるかもしれないリスクを背負うからである。また、愛がなければ人に指摘することはできない。如何なる理由があれど、なんとか変わって欲しいという思いがなければ普通人は無視をするからだ。彼は私に指摘をしてくれた。彼が実際にどう思っていたのかはわからないが、私の中の解釈の上では、その指摘してくれた事実が私にとって嬉しいものであった。
『みんなに嫌われている』という明け方シンジさんにも言われた話題についてはkさんはもうそれ以降は言ってこなかった。私はその話題については頑なに考えないようにしていた。もしかしたらkさんにその意思が通じてしまったからかもしれない。
私は前日迷惑をかけてしまったので時計を気にしながらその微温湯を堪能した。堪能し、ナンカレーを夕飯として食べた後、ホテルに到着した。
私はシンジさんとkさんと共に同じ部屋に戻る。各々夜ストの準備。kさんは明日で終わりなので帰りの支度も済ませていく。しかしシンジさんはというと、着替えることも髪をセットすることもなく、なんと布団にそのまま入ってしまった。
「寝たい!」
「いやいやいやw」
kさんがツッコミ、私が苦笑い。ただシンジさんが相当疲れているであろうのは違いなかった。旅行の計画を立てながら即を重ねていきながら私達を率いて同時に個別に指導をしているわけだから。
「この後アポなんだけど外でたくねー!寝てー!あっそうだ」
入った布団から半身だけ起こし、洗面所にてジェルを髪につけている私を見て言う。
「QB、代わりに行ってきて」
「…はい?」
ホテルロビー。
「こんばんわ、使いの者です」
「あ、えっはい、どうも…」
私はなるべく笑顔で、テンションもなるべく高めに彼女と接した。彼女はなんとも言えない表情をしていた。敢えて形容するのなら、困惑。
「なんかスミマセンwいきなりすぎてびっくりしますよねw」
「あっ、はいw。こちらこそなんか、すみません」
「いやいや、謝らないでくださいw多分これ、謝るべき人は我々じゃないです」
「そうですねw」
「彼、なんかホテルでたくないとか舐めたこと言ってるので、見舞いがてらに外に引きずり出してやりましょうw」
「え…ぇえー?w」
ホテルに隣接したコンビニでワインを購入する。店内を歩きながら会話をしていく。
「おととい、そこの寿司屋さんで声かけられたんです。」
「おー、あそこの寿司屋さん」
「はい。で、明日休みだしちょうど暇だったから会おっかなーって思ってきたんですけど、ホテルの前で待ってたら急に『使いの者をよこす』とかきて、どういうことー??みたいな」
「そりゃどういうこと〜になるよwびっくりだよねw知らない奴がいきなり迎えに来るとか。前代未聞」
「はいw」
彼女は帰ろうとしていたが、まぁまぁとなだめ説得していきながらシンジさんの待つホテルへなんとか連れ出すことができた。部屋のドアを開け、布団で埋もれているシンジさんを起こす。
「連れてきましたよー起きてくださーい」
「おーおーう、ありがとうー」
彼女、私苦笑い。
「どういうことなんだか説明してあげてくださいよー」
若干投げやりな私。
「うーん、久しぶり。来てくれてありがとう」
完全寝起きスタイルのシンジさん。マジで寝ていたらしい。どうすればいいんだこれ。とりあえず私は彼女をなかへうながした。
「とりあえず、立ってるのもなんだし中入りなよ」
「いや、私はこれで帰るので大丈夫です…」
その場で寝ているシンジさんを前に立ち話になる。数分ほどか、ようやっとシンジさんは体を起こし、
「外で話してるとうるさいから中においで、ドアは開けておくから」
と彼女を中へ誘導した。しぶしぶ彼女は入っていく。私はベッドに、彼女は用意されている椅子に腰を掛ける。さぁゲームの始まりか???彼女同様私もよくわからなくなっていた。
そういえばシンジさんとのカオスは二度目であった。一度目は初日。女の子が帰らなきゃならないところを、家で待っているというその子の男を我々がいる店に呼び出し、4人で飲むというわけのわからぬ感じに。普通呼ぶか?呼ばないよな?
カオスに直面している丁度その時は、もう訳がわからなかった。シンジさんはとても楽しんでいる様だったけれど私は謎すぎるノリについていくので精一杯であった。
ホテルの部屋で寝巻きで布団にくるまるシンジさんと、シンジさんが声をかけた女の子、そして謎の使者である私。この状況も十分にカオスであった。というかそもそもである。自分が声をかけた女の子に待ち合わせの場所にその子の全く知らぬ男を当てがうか?普通?
普通じゃない状況に私はただただ混乱であった。だが、今思い返してみれば結構楽しかったのかもしれない。そして、もうちょっと楽しめばよかったなと、もったいないことをしていたという気にもなった。状況の混沌さにあの時はただ囚われていたけれど、唐突な普通じゃないこの様な状況にも、もう少し楽しめる様になれれよいなと感じた。
このままホテルでどうなるのだろう。そう思いながら私は北海道で新調したpコートを脱ぎ、ハンガーにかけた。そのまま2本目のハンガーを手に持ち
「上着かける?」
と、室内にいて温かいにも関わら肩をすぼめている彼女に声をかけた。椅子にちょこんと座りながらバックを抱えてキョロキョロしている。キョロキョロしている彼女の頭部に付けられた目玉を見る。その目玉はまるで磁石の反発の如く、我々2人の視線と合わせないように避ける様にしていた。
「いや、大丈夫です。」
その後、買ってきたワインを部屋で3人で飲み、3人でなんやかんや話した。なんやかんや話した後、結局私と女の子2人で部屋を出て飲みに行くことになった。
「ナンパ」を営業と呼び始めて一番の、重い夜が始まろうとしていた。