【高石宏輔氏 カウンセリング】目に見えるもの
- 2016/01/01
- 04:20
某日某所
12月の青い光が山や木やらを模るとある広場。人の出入りが世界一と言われているこの駅その周辺において、広場と言われると少しばかり違和感を覚えるその場所で、私は遠目で1人怪しげな人を見かける。
背は高いが体の線は針金のように細く、しかしその細長い線のような体はこの止めどなく流れ続ける人ごみには決して流される事なく整然と粛然と淡々とした姿勢を保ち続けている。
前髪は顎のあたりまで伸びている。怪しい。いかにも怪しい。人待ちをしているようだったがそんな人は、この周辺では何人もいる。だが彼はそんな人々とは違って見えた。彼以外の人待ちをしている人々は、ポケットに片手を入れて、そしてもう片方の手でスマホを弄り、皆揃って視線を下げているのだが、彼は黒いコートのポケットに両手を入れているため、落とすために見るそれがなく、ただ街を見ているようだった。
彼のように視線を落とさず街を見ている人間はいた。服装背丈は様々だが彼もまた彼らと同じような風貌ではあり、彼らの一員のように思えた。けれどもどうやら彼は彼らとも違う人間のように見える。
彼らの目線は常に水平方向で何かモノを探していた。そのある方向に一定の速度で移動し続ける探しモノを見つけるとすっとその場からいなくなり、移動するそのモノの横に張り付くように共に移動しながら声をかける。彼らの目線は常にそのモノだけを見ていて、その探し物を逃してはまた別の探し物を探すため、目を首を左右に、足を前に前に動かしている彼らの様は何か歪で不自然であった。うまく言葉にできないが、彼はそんな何か歪で不自然な彼らとも違うように見えたのだ。どこか特定の場所を見ていているというわけではなさそうだった。上なのか下なのか水平方向なのか、正直何処を見ているのかよくわからなかった。
間違いなく、私が今これから会い、カウンセリングをしてくださる人だった。確認をとる必要すら感じられなかった。そのまま駆け寄って初めての挨拶をしても良いと思ったが、『着いたら電話をしてください』との事だったので確認のため電話をする。
私の携帯からコールが鳴ると少し遅れて彼の何処を向いているのかよくわからない目線が、ポケットの方へ動き出し、スマホを取り出して横を向き、電話をとった。
「もしもし」
ボソッとした、暗くて聴き取りづらい声がする。間違いない。ネット上で、そして本人が出ているイベントで実際に聞いたことのある声だ。確信が持てて私は安心した。
「もしもし。はじめまして。今夜お世話になるQBです。よろしくお願いします。」
私は寒空に乾かされた声で電話をかけながら彼に近づいていく。
「はい、お願いします。」
だが一言でわかった。暗くて聞き取りづらいが、なんだかそれは形だけのように感じていた。そういう形をした声なのだが、暗くて聞き取りづらいその裏には何か包み込むような優しさがあるように感じられた。
「今どちらに…あ」
彼が私に気がついたので私は携帯の通話をきり、駆け寄った。緊張が高まる。近づくたびに、もう圧迫するかのようなプレッシャー、高鳴る高揚感。混沌とした感情が私の胸の中で渦巻き高まっていく。だが足がその場に止まった時にはもう口は動いていた。
「はじめまして!QBです。今日はよろしくお願いします。」
心臓が持ち上がり肩が力む。こういう時、私は勢いが良くハキハキとした発声になる。
近づいてみると以外とある背丈の違いに驚いた。私は見上げていた。見上げた先からすぐに反応が返ってくる。
「こちらこそはじめまして。高石です。よろしくお願いします。」
私は初めて高石さんと会話をする事となった。対面する高石さんが私の声に反応をする。そんな当たり前のような非日常感は今年私が一番に影響を受けた人物だからなのだろう。ファーストコンタクトをとった私はヘソや尾骶骨の辺りまで身体の力みが広がっていることに気がついた。
そんな私を見て高石さんは優しい笑顔で私は言った。全く、この顔が私にとっての『凶悪な魔王』であるとは到底思えない。
「いきましょうか」
「は、はい!」
「相談の内容ですが」
カウンセリングをしてもらう喫茶店へ行く道の中、高石さんは呟くように言う。
「えぇと、私。公家シンジさんの北海道ナンパツアーに参加しまして。そこであったことについて話を聞いてもらいたいなぁって思っています。」
敢えてかしこまったのような、知らない人に特殊な現状を説明し直すような、そんなような説明と要望を私はした。実に滑稽に感じた。今この目の前にいる人物は私のブログにある「北海道ナンパツアー」の記事を何回も読んでいるとの事をツイッターで記していたからである。高石さんの「この記事読んだ」の旨のツイートから、実にいろんな人に読まれていたらしく、知らぬ間にマイナー「ナンパブログ」の設立後過去最高のアクセス数を記録していた。そんな事実をすでに目視していたので、なんだかその説明はおかしく感じていたのだが、一応本人に改めて説明せねばいけないのかなと思い、このような発言となってしまっていた。それを聞いた高石さんは笑いながら、そして嬉しそうに私に告げた。
「北海道のことを私に話すんですか?笑」
暗い声だが、今度は確かに聞きとりやすくわかりやすい音。この身の肉をえぐることなく綺麗に突き刺すような突き抜けるような、飛びナイフのような言葉。そんなような返答が私の中に入り込んでくる。
これだ。これがこれこそが、高石宏輔だ。私が魔王と形容したくなる程に恐怖している高石さんがもちあわせているものだ。それがやはり当然のもののように、私に繰り出された。初めて対面する高石さんの直々の言葉のナイフを受け、私は歩きながら、侘びの心とやられたという悔しさと同時に、何故かうれしさでいっぱいになっていた。意味がわからなかった。
「すみません…笑 でも北海道で、自分のいろいろな悪いことが発見できたので、それを聞いてもらえたらなと思っています」
「ふふ、わかりました」
「あの、ぜんぜん関係ないんですけど」
「なんでしょう?」
「髪、伸ばしているんですか?本のイベントの時よりも随分と長くなったように感じます」
「そうですね。なんか、こう、なっちゃいましたね」
「なんかこうなっちゃったんですね」
「髪が伸びたので美容院に行ったんですけど、任せてたらこんな髪の毛になってて。まぁいっかなぁみたいな」
「まぁいっかぁって笑」
高石さんはボソッとした声で微笑み、私は笑っていた。つい今さっきナイフで刺され、そのすこしまえまでは緊張で体が硬直していたのに、案外会話することができるのだなぁと思った。高石さんのコミュニュケーションのうまさなのかなと思った。瞬間でラポールを築く天才とはこういうことだったのか…
「結構ナンパ師っぽい感じですよね今の髪型。高石さんあそこで見つけた時、なんか怪しいいかにもナンパ師っぽい人おるっ!って思いましたもん」
私はなんだかうれしくなって、言葉を続けた。これがラポールが築かれた、ということなのだ…
「そうですかね?髪型は短くて清楚目のほうがナンパ師っぽい人じゃないですか?」
…ラポールというものはやっぱりよくわからなかった。
喫茶店に着く。
対面席。奥の椅子を高石さんに促されたので、失礼しますと言って座った。店員さんがきて、私はアメリカンコーヒーを、高石さんはメロンソーダを注文した。
カウンセリングはもう始まっている。始まっているのか?始まっているのだろうが、どうやって切り出していけばいいかわからなかった。
「お金はー、今払っておけばいいんでしょうか?」
何をどうは成していけばいいか分からず、とりあえず私はバックを弄りながらそれを言う。
「いえ、終わってからで大丈夫ですよ」さ
「わかりました」
「では、はじめましょうか」
「はい。宜しくお願いします」
はなした内容についてはツイキャスにて(ぐだぐだながらも)まとめることができたので、ここではどの様な雰囲気であったかを書くことにする。
「相談の内容についてですが、QBさんのブログは一通り見させてもらいました。今日かかれた物も読みましたよ。」
「ありがとうございます」
「全部じゃないんですけど、僕はブログに書かれている内容について知っているという程で話してくれて構いません」
「ありがとうございます」
カウンセリング前の下準備という訳か。流石だなと思った。私も一応は高石さんに会う前に準備をしてきた。まずブログを書いて自分自身の復習、そしてあなたはなぜつながれないのかの冒頭部分を3回ほど目を通し、来る前にちょこっとだけ腕を振ってた。そのくらいだ。自分のブログに目を通して、復讐ということで確認をしたが何々を言おうとか特に準備をしてきていなかった。言いたいこと聞いてもらいたいことはたくさんあった。出来事と考え方、思ったこと。解決したいなと思うものが確かに私の中にあった。だが確かに私の中にあるそれを言語化して準備してくる、ということを私はしてこなかった。
だから私は、生まれて初めてのカウンセリングにてまず、相談する内容をその場でひねり出すことから始まっていた。対面に人がいるにもかかわらず、私は深く内省をした。まるで黒いような白いような、青いような赤いようだったりするぐちゃぐちゃの粘土のような塊になった言語化出来ていないそれを、手でこねてなんとか形として…私の頭のなかにある数少ない語彙をもちいて言語化して表現しようとする。
「そうですね…えぇと…」
高石さんはそんな私をただ待っててくれていた。また、無防備で未装備な状態で言葉をなんとかひねり出そうとしている私を見て、まるでそれを手伝ってくれるかのように言葉をかけてくれている。
だがなかなか捻り出せず、言葉が詰まってしまう時がある。そんな時も静かに待っていてくれた。常に私に合わせてくれていた。だからか、話のスピードは早くはないのだが、ゆっくりしつつも確実に進んでいく。
私が言葉を作れるたびに
「そうですね」
とか
「うん」
とか
「なるほど」
だとか。相槌をついてくれていた。私の言葉がうまく伝わっていない時、高石さんにうまく伝わっていない時、また、高石さんが理解できないものを聞いた時、うつむき顔をしかめながら
「それってどういうことなんですか?」
と切り返してくる。
その度に私はまた、内省をして言葉をひねり出す。
「うーと…そうだなぁ…」
私はそんな言葉ばっかりであった。そうなってしまうと今度は、声を投げかけてくる。言葉の上にまたそれを重ねるように、まるで不意打ちの様に投げかけて来る。その不意打ちの言葉は私をより深い内省へと連れて行ったり、出てこない言葉がすっと出てくるためのヒントになったり、様々な意味合いを持っていた。
「戦争ってなんで起きると思いますか?」
北海道の話の途中で、内省からなかなか抜け出せなくなってしまった私に高石さんは言葉の不意打ちをする。
「えっ?戦争ですか…?スケールでかいですね」
「まぁ飛躍したはなしですけど、なんで人って人を攻撃したくなるんでしょうね。」
「そうですね…なんでだろう。その人の存在だとか意見が世に広まることで自分自身に害があるから、邪魔になって排除したくなる…ですかね?」
「その人の存在だとか意見ってその攻撃したくなる人にとって本当に害あるものなんですかね?」
「んん?」
「例えば怠惰を哲学まで極めた人の意見は、勤勉に社会に勤め頑張っている人たちにとって果たして害のあるものなんですかね?別にないんじゃないかなって、思いませんか?」
「そうなんですか?」
「働くことは馬鹿らしいという意見を聞いただけで、働いている人の給料とか生活とか悪くなったりするんですかね?」
「あぁ…確かに…そう言われてみれば…」
「それに害がないのだとしたらもっと別の理由があるはずですよね。なんでしょうね」
「んんん………」
私は黙り込んでしまった。
全く言葉が生まれてこない。そんな事を今まで考えてきた事がなかった。そんな発想もなく想像もなく、それがさも当然のように『人を攻撃する』という事象を見たり受けたり、時にしたりしていた。だからか、改めてこう聞かれると全くもってその理由がわからない。わからずして知らずして私は、『攻撃』という現象を今まで生きてきた人生の中に取り込んでいた、ということなのか?
深く深く悩み黙りこくる私は首が俯き目線が落ち、そして首が捻っていった。そんな私に高石さんは私と対峙し、境目を作り成しているテーブルにそっと置くように、次の言葉を吐いた。
「寂しさ、かもしれませんよ」
それを聞いた私は頭が真っ白になっていた。驚きでか、それはすぐに体に現れ、どうして?という疑問と共に体と目線を先と異なる方向へ反らせた。
「寂しさ、ですか?」
「それを聞いて寂しくなるから、傷をつけたくなるのかもしれませんよ。」
腑に落ちたような腑に落ちてないような。私は「寂しさ」という目の前のテーブルにそっと置かれたその言葉を取り込む事もなく拒絶する事もなく、味わい感じていた。高石さんのブログ、本ででよく見た単語だなと思った。それがわかったところでまだ意味がよくわからなかった。だから私は自然に聞き直していた。
「なんでで、しょう?」
「人は自分の存在を分かってほしいんですよ。自分の意見を聞いてもらいたいし、理解してもらいたい。でも他人の強い意見を聞くとその人は意見を言った人から自分自身を拒絶されたと感じてしまう。その寂しさは次第に恐怖心に変わり、傷付けることをしてしまう。人はそう寂しさを感じた時に人を傷つけてしまいたくなるんですよ。」
ゆっくりと、そう高石さんは言葉を続けた。意味を味付けされた、「寂しさ」という言葉は、私の方へ動き出し、まるで溶け込むように体へと入り込み溶け込んでいった。その状態を私は何も抗う事もなく、ただただ、遅く緩やかに波打つ様に進んでいく時間と共に感じる事しかできなかった。その言葉が溶け込まれ、目の前から無くなった時、高石さんはこう続けた。
「なんとなく、わかりますか?」
「あ、はい」
私は反射的に呟いたあと
「……なんとなく」
そう後付けしていた。
カウンセリングは、まずは原因を究明し、そのあとどうすればよかったか、そして今後どうしていけば良いか、といった順序で進んでいった。だがあくまで私主体に進む様に。待ったり、サポートしてくれたり、不意打ちをしながら、私のペースに合わせながら、カウンセリングは進行していった。
高石さんについて気になることがあった。
トイレに帰ってきた時にみた、対面に座っていた私が席を外した後の高石さんの姿。とても印象的だった。普通現代人は暇を潰すスマホを弄るわけだが、まがりなりも(たとえ最近読んだジャンプ漫画の話に花を咲かせていても)カウンセリング中だからそんなことはないらしい。広場で私を待っている時も見ていなかったから当然か?だが、席に座りながら待つ高石さんのその姿はあまりにも特殊で異質あった。
自身の長い前髪で貞子を作るかのように下を向いて項垂れているかのようにまっていたのだ。私が席に着くまで気がつかないんじゃないかっていうくらい対人関連のエネルギーが切れているかのようだった。燃費の悪い車のガソリンガスの排出口のように黒い煙を私がいない間吐き出し続けていると思えた。この時、私の一体何が高石さんの体に黒いガスを溜め込ませてしまっていたのか、わかるはずもなかった。それはここから半年経ったその後、ようやっと『過去の違和感』として気付き始めるものなのだから。
逆に、敢えてそうやっているようにも見えた。何か手持ち無沙汰だからやろうと無意識に手を伸ばしてしまうものを、無理矢理シャットアウトしているかのようだった。しないようにすることで、それらをしないことで、黒い煙をただ味わうということだけで、何かが変わるのだろうか。何かが生まれてくるのだろうか。なんだか本に書いてあったような、そんな気がする。
もう一つ。
なんの話題だったか、戦争の時と同様にまたも唐突に不意打ち気味にそれがきた。高石さんは本当に唐突に一例を投げ込んでくる。
「ナルトって知ってます?」
ナルトだ。いきなりジャンプ漫画のナルトだ。トランスに入りざるおえないだろう。(トランサー高石!!)
「えっ、ナルトですか?!もろ世代なので大好きです。全巻みました」
こう私が口にした時、今私はカウンセリングをしているのだという事を完全に忘れてしまった。
「良かったです」
「ナルトの何がナンパと通ずるんでしょうか…?」
「サスケとイタチの持つ写輪眼ってありますよね。」
「はい」
「彼らの目は同一一族で同じ物であるはずなのに、イタチの方が圧倒している。何かが違うんですよね。」
「そうですね、イタチの写輪眼のほうがサスケの物よりも強い」
「で、なんで同じものなのに違うのかって考えたとき…」
(イタチは『最も親しき友を殺したから』ですよね)
この時、私は高石さんの口からは、『万華鏡写輪眼』と言う言葉を確認するようなことが吐かれて、こう答えるものだとすぐさま頭の中に構築されていた。きっと、アニメ漫画のたわいのない話、会話に移行するのだろうと思っていた。しかし、高石さんが実際に取った行為は、まるでオタクの人が得意な『それ』を語りだした時のように、聞き手である私を完全に無視した1人語りであった。
「それは鍛錬や修行における強化によるところではないというのは分かります。じゃあ何が違うのかっていうと、その目で見てきた世界が違うんじゃないかなぁて思えるんですよ。」
(万華鏡写輪眼じゃないの?!)
私は頷き、高石さんのオタトークを聞き、せっかく言葉を用意したのだから言い出したい、のに言えないその状況に何やら未知で不審な感覚に見舞われていた。『万華鏡写輪眼』じゃない。高石さんは私の今考えていることと全く異なる事を考え、そして今話そうとしているのだという事を察した。瞬間、私は自分自身を恥じた。その後だんだんと、『「俺の知っているナルト」ではないナルト、つまりメタファーの話』を高石さんはしていたということに気がついた。
「ナンパがうまくなることも同じことだと思うんですよ。技術を習得することは遅かれ早かれ、お金をかけたり、ナンパ講習を受けたり受けなかったりしても誰でも出来ることですから。大切なことはもっと別なことにあるんですよ」
「というのは…何となくわかります?」
「何となく、わかります」
私は恐らく、ショックだった。ナルトのオタク具合についてすごい考察ができているからという話では勿論ない。あんな見方があったのだと、そしてそんな見方メタファーを感じられなかった私が確かにそこにいた。今思えば高石さんの放ったナイフの中で一番大きな言葉のナイフ、所謂私に対する「ネグ」であった。恐らくショックだった、と表現したのは、その時の衝撃があまりにも大きすぎて、逆に空に気がつくことができなかったから、だと思っている。
兎にも角にも、その時に思ったのは私の中での高石さんに対して抱いていたイメージが、うちはイタチになった瞬間だった。幻術(催眠術)使ってくるし、ぴったりだと思った。
驚いていた私はこの時、成る程なと耳に止めておく程度で、(拡大解釈でナンパにつなげようとした魂胆だとは思うけれど、ちょっと拡大しすぎて違くないか?)と反感慢心するかのように
「成る程なぁ」
と、見抜きのプロともいえる「高石イタチ」対して曖昧な返事をしていたのだった。
「高石さん漫画とか読まれるんですね、なんか意外です」
イタチの恐ろしさを知ってか知らずか、そう私は話を切り返す。
「結構読みますよ。ナルトは全巻読みました。お気に入りの巻はスマホに入れたりしています」
「小説とか文字だけのものだけかと思ってました」
「物語を読むのが好きなんですよ。QBさんの北海道ナンパツアーの記事も、10回読みましたよ」
「ほ…本当に10回も読まれたんですね。有難うございます。最近よんだ漫画では悪の華とか結構好きです自分」
「あ!悪の華いいですよね。あれすごくいいですよね。最後の巻泣けました。QBさんはどのシーンが好きですか?」
「自分は中村さんに突き飛ばされるとこですかね。なんかあそこグッときたんですよね。」
「あー、いいですね。アニメの最後のシーンですよね」
「はい。いいですよね」
いつの間にかカウンセリングから漫画やアニメの話になっていた。もう喫茶店の閉まる時間になっていた。店を出る。
店を出ながら高石さんに言われる
「QBさんこの後どうするんですか?」
「ちょっとナンパしようかなって思います」
「じゃあちょっとだけqbさんのナンパ見ていきます」
「えっ、まじですか…?!」
「こっち行きましょう。人がいますよ」
なんと高石さんがわたしの声かけを見てくれることになった。
某所
私は高石さんと二人で街を歩いた。なんだか不思議な感じがしていた。夢の中のような、そんな感覚。
「いいなって思う人がいたら行っちゃってください」
「わかりました」
私は目の前にいた女の子に駆け寄る。いつも通りに声をかけると、その夢のような感覚は一瞬にして消えた。
結果はガンシカだった。後ろを振り向くと高石さんがいた。
「どうでした?」
「ガンシカです」
「そうですか…なんて声かけました?」
「寒いよねーって声をかけました」
「なるほど…」
「はい」
「QBさん。」
「はい…?」
「あの子の何が見えていましたか?」
その言葉を受け私は得体の知らぬ違和感を感じた。何か忘れているような、そんな感じ。
「あの子の…ですか?」
「はい。QBさんは声をかける時、あの子の何を見ていましたか?」
「何を…見ていた…?!」
「はい」
「持ち物…だとか、可愛い顔かどうか、とか…ですね?」
「うん、なるほど…次、行ってみてください」
「はい…!」
また目の前で歩く女の子に声をかける。
「こんばんは」
ガンシカ
「そのバックめっちゃ可愛いね。お気に入り?」
ガンシカ
「いやぁなんか寒いね。ほんとクリスマスって感じだよね」
ガンシカ
なんか下手になってる気がした。うまくいかない。また後ろを向く。高石さんが今度はスマホをいじっているのがみえた。近寄る。
「見てください。さっきQBさんが声をかける姿を撮ってみました」
「なんと!ありがとうございます!っ…うわ、だっさいな…」
「肩が力んで縮こまりながら声を掛けているのがわかりますか?」
「はい。わかります。すごくまずいですね。」
「これがまずいと思うんですか?」
「え?…はい。なんか弱々しくて気持ち悪い感じしません?この自分」
「そうですね。でもそれよりも大切なことは、あの子に声をかけると自分がどのようになってしまうか、それを認識することが大切ですよ」
「どうなってしまう、か、ですか?」
「はい。なんとなく、わかりますか?」
「はい…なんとなく…」
「次行ってみましょう、…あっ、あの子とかどうですか?」
私は無言でうなづき女の子に近づく。
(あの子に声をかけたら俺はどうなる?)
小走りに歩きながら考える。
(どうなるんだ?)
(今どうなってるんだ…?!)
混乱した。
混乱したまま、女の子に声をかけていた。
「こんばんわ」
笑顔を作り、斜め前から声かけ。
「…」
チラ見。そしてガンシカ。
いつも通りだ。
(やっべ、何か今日きついぞ)
高石さんのところにもどる。
「どうなりました?」
ニコニコしながら高石さんはいう。この状況をどうやら楽しんでいるようだった。「ナンパ人格」になっていた私はどういうことなのかまるでわからなかった。
(ナンパ人格だからダメなのか…?)
「混乱しましたね、あと、まだちょっとさっきみたいに体が力んでいるのがわかりました。」
「いいですね。こっち行きましょう」
続けて声かけを見てもらう。全部ガンシカだった。終えるたび、アドバイスをもらった。高石さんのアドバイスはボディワークを使った具体的な指摘で、悪いところは自分が女の子視点に立って高石さんが再現してくれた。
「・バックを持つ位置が悪い。キャッチのよう。」
「はい」
「・声のかける瞬間が女の子にバレている。(シンジさんの真似しているつもりだったが指摘された内容を鑑みると全然違っているようだった)自分は女の子の真横をすり抜けてからくるっと顔を向けるように声をかけている。顔を見ながら近づいていって声をかけたほうが自然。」
「確かに。了解です」
「・声をかける時、女の子を覗き込みすぎている。(これがシンジさんと言っていた軸が曲がっているというものか…?)顔を無理に確認してもしなくても実際は同じ。」
「な、なるほど…」
「・別に悲しまなくていいところで悲しんでいる。和み和んでこれいけるって確信持った時に番号拒否られるとかそういうのじゃ無いのに、タイミングが悪くて声をうまくかけることができなかったということだけで悲しむ必要は特に無いのでは。自分は何も悪くはない、誰が見ても運が悪かったところでも嘆いている。」
「確かにそうですよね。次行きます」
「・持ち物いじりに固定され過ぎている。例えば傘のスヌーピー柄を出会い頭にいじられて果たしてその女の子は喜ぶのか否か。(ヌーピー好きなら喜ぶと思う!多分!でもなぜか反論できなかった!だって喜ばすつもりで言ってなかったから!)繰り返してたら逆に持ち物無い子になんも行けなくなる。なので禁止令。」
・声をかける前にある程度想定して行く。例えば駅方向に向かって早く歩いている子。帰ろうとしているなー。帰ろうとしている子に営業したらどうなるか。逆にゆっくり歩いてる子。暇そうだなー。暇そうな子は今何考えているのか、どこに行こうとしているのかなどを想像する。その際、口に出る言葉はルーティンでも構わない。
私は高石さんの『ナンパアドバイス』を脳に焼き付けるように耳を尖らせ目を丸くし、聞いていた。漏れ出る相槌だけが地面に落ちていくような、そんな感覚が薄っすらとあった。そんな何か何処かのどのブログ記事で見たかのような思い当たる感覚を薄らげていたのには
(…ッてこれ思いっきりナンパ講習ですやん!!!)
私は口に出さず心の中で強く高石さんに突っ込んでいたことにある。
私はそんな念にも似た思いを抱きながら高石さんを見る。
(ははは)
それを見透かされているのか否か、わかりようもないが、まるでそう錯覚させてくるようなそんな笑顔で、私のこの心のツッコミに心で返事を返している、そんな様な感じがした。
「えっと、あの、い、いいんですか?高石さん…もう教えるのやってない筈なのに」
「いやなんか、面白そうだなぁーって思って」
「それは…有難うございます、本当にっ)
私は一番見てもらいたかった人にだが絶対に無理だろうなと思っていたその人に、まさか営業を見てもらえ、更にアドバイスを頂くこととなった。なったというか、頂いていた。無理だと思っていた。だって高石さんは営業をもうやめてしまっているから。それがなんだか高石さんの気まぐれなのか優しさなのか興味本位なのか。夢に見たそれがいつの間にか始まっていた。よく覚えていないが、私は心の声の叫びを具現化したかのようなよくわからない感謝の音を発していた気がする。
だからか、うれしい過ぎてしょうがなかった。だが、声をかけた女の子とはロクに絡むことができなかった。ほぼ全ての子がガンシカだった。全然ダメダメだった。私はこんなに下手くそだったのだっけ…?内心はそれに慌てながら、なにか得体の知れぬとっつきにくいなにかがそこに隠れているようなきがしていた。それは間違いなく、私にとっての「苦痛」を意味する事なのだという事がわかった。私は食らいついてみた。『地獄のナンパ講習』が始まっていたのだ。
「QBさん。さっきの女の子にはなんて声かけましたか?」
「持ち物イジリしちゃいました…」
「あぁ」
落胆するような、うな垂れるような、嬉しそうな高石さん。もう自分は女の子に自ら声をかけに行ける気力がなくって、それをもうすぐさま察したのか高石さんに「あの子とかどうでしょう」と言われた子に声をかけに行くようになっていた。
「繰り返しになるんですが」
「はい」
「QBさんは、女の子の何が見えていますか?」
また聞かれた。これで三度目だ。だが未だにその質問にちゃんとした答えを返せていない気がする。
「見えているもの、ですか…?自分は今まで、歩いて近づいている時に持ち物ばっかり見てました。このアイテムはいじれるなみたいな考えて。」
「…」
「多分…俺、見れてないんだと思います。女の子のこと」
「なんで女の子のことを見れないんでしょうか?」
「怖いんだと思います。」
「・自分は怖いだとかそういうマイナスのイメージを持ちながら声をかけていました。鬱の状態を保ちながら声をかける。失敗したら普通のナンパよりたくさん傷つくけれど、それを乗り越えた時に得られるものはとてつもなく大きいものとなる。だからあえてそんな風にいつも声かけをしていました。」
「…(まてまてこれ俺がナンパノック中に考案した自殺的地蔵克服法とクリソツやないか?!アレが正解やったんか…?!クダラネクソカスな方法だと思って捨てたアレなのに。てか高石さんの本読んであのやり方クソカスな方法なんだなって思ってやめたんに、だめだ…これ…もうわから…)」
「…これ、なんとなく、わかります?」
「わかります。すごくわかります」
硬直のトランスに入り、即答している自分がいた。
またも再開。
そして休止。
トーク。
「QBさんの今のナンパのままだと…ダメだなってのは、わかりますか?」
「そ、そうですね。今日は特にそれがよくわかりました。ちょっと今後よくよく考え直して、正解辿り付かなきゃいけないですね…」
唐突の本日2本目のナイフ。
思ったよりもそのナイフは心臓を抉っていき、ぎゅっと上に押し上げていった。高石さんの顔をまともに見れず私は目線を左下方向に落としていたのを覚えている。
「どれが正解か、誰にもわからないですよ。…あの子とかどうですかね。何なんかいけそうな感じしません?」
「あの緑の…ですね、行きます」
私は緑のジャケットを着た金髪の女の子を追いかけた。
ふぅーー
一度大きく息を吐き出し、目の前を歩くその子を目を凝らして見てみる。
(ゆっくり歩いとるな、暇なんかな)
(暇やなかったら、なんか待ち合わせとかだろうけど、急な重要な用事でもないんだろな)
イメージをしていく。想像を膨らませていく。これがたしかなものなのかわからないが…たぶんこれを確認するようなつもりで声をかけていけばいいんだろう。
歩きスマホをするその女の子を見ながら横に張り付き声をかけようとする。するとスマホを弄る人差し指に絆創膏を貼っているのがわかった。少し黒ずんでいて汚い絆創膏。意味のわからぬ違和感が消し飛び、確固たるものへと変わっていた。
「あっ!ミキーお待たせ〜」
声をかけようのしたその時、前方から別の女の子の声がした。私が声をかけようとした女の子はその声に反応し、駆け足でその子に近づいていった。
「逃がしました…」
「仕方ない仕方ない。で、どうでした?」
「…」
「QBさんには、何が見えましたか?」
「さっきの子、家庭的な子だな…って思いました」
「家庭的。おお、それは?」
「右手人差し指に絆創膏をしていたんです。少し黒ずんだ。もしかして切り傷かなって。もしかしたらだいどころ事をしていてそれでかなぁって。だとしたら家庭的かなぁって…おもったんです。いやどうだろう…黒ずんでいたし、貼り替え毎日していないんだとしたらだらしのない子なのかな…?」
「なるほどなるほど。いいですね。今出てきた、家庭的、みたいな感じ。そんな感じですよ」
何が見えているか。この時ようやく意味がわかった。わかるまでは終始疑問色で埋め尽くされていたが、なるほどよくわかると、私は口元が少しだけにやついた。(あんた最高にイタチだぜ)こっそりそう思った。
「俺はサスケみたいになってた、というワケ…ですね。」
「好きな歩き方ってありますか?」
「歩き方ですか?ヒールでカツカツ歩く女の子が好きです」
「なるほど」
雨が降ってきたので、私たちは地下へ行き、キャッチのお兄さんの縄張りと言われている場所で地蔵トークをした。
「女の子を見るとき、歩き方をみるんですよ」
「歩き方…?ですか?」
「例えばあの人、あのジーパンの、女の子。なんかだらしなく歩いているのわかりますか?」
「あー、はいそうですね。なんとなくそんな感じに」
「つまんなそうだなーとか暇だなーとかそういった感情が歩きから伝わってきませんか?」
「んーそうです、ね。うん」
「あの子。あの子暗いバックの子。あの子は綺麗な歩き方してますね。清楚感があり、しっかりしていそうですよね。」
「たしかに」
「あの子。なんか早いですね。急いでそう。仕事かな、急な用事かな、楽しい出来事ではなさそうですよね」
「それから向こうから来ているこ。あれはもう完璧…ダメですよね。」
「酔っ払いなのかな?」
「かもしれないですよね」
「それからあの子。えーと向こうから歩いてる穴空いたデニムの子。あの子も暇そう。つまんなそうに足ずっていませんか?」
「なんか止まりましたね。待ち合わせみたいな。でも待たされてそうな。」
「そういう感じで足の歩き方をみていると何かわかってくるかも知れませんよ?」
「歩き方綺麗な女の子にはどうやって声かけるんですか?」
「綺麗な歩き方しますね、でいいんじゃないですか?」
「あっ、なるほど」
「声をかける前に、女の子のその歩き方に合わせて歩いていくんです。そうすると多分その人の中身がイメージしやすいんじゃないかなと思います。」
「なるほど…ミラーリングするわけですね!」
「そうです」
「高石さん。俺…帰りますっ」
しばらく話したあと、わたしは高石さんにそう告げていた。なだろう。まだいたい。もっと試してみたい。そしてもっと高石さんと話がしたい。全部が全部話し切れていないのがわかっていたし、今この時間、とても充実していたから。だがふと帰ろうと思った。今日の出来事をまずはとにかく整理してまとめたい。そんな思いが強かった気がする。もしかしたらいろんなものを詰め込みすぎて、ギブアップになっていたのかも知れない。
「そうですか…」
高石さんは何やら、楽しそうに遊んでいたおもちゃを、もう終わりですよと親に取り上げられてしまった園児のような顔をしていた。純粋に悲しそうにしていた。ちょっと胸が痛んだ。
といいつつも、なんやかんやで地蔵トークをする。地蔵トークでは、高石さんの女の子考察が多かった。あの子の歩き方はどうとかこの子の歩き方はダメだとか。自分は完全には分かり得なかった。くやしかった。
そんなことをしていたらいつの間にか終電がなくなっていた。高石さんに朝まで飲みに付き合ってくださいと言おうとしたが、ちょっと言えなかった。わたしは近くに住む営業仲間の家に泊まらせてもらうことにした。
「あの、今日は本当にありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。楽しかったです」
「またいつか!お会いできたら!」
「はい。また」
初めての高石さん「カウンセリング&なんぱ」が、終わった。終わったその瞬間。躁なのか鬱なのか、まるでよくわからなかった。胸の中がぽっかりと空いたように静かで、しかしただただハイテンション。意味がわからなかった。
あらゆるものが止まって見えた。止まっているように感じた。恐らく、私が止まったのだろうと思った。今まで震えすぎてて、硬直し、立ち止まっていたのだと思う。その震えが消えたようなきがする。立ち止まっていた自分はようやっと歩き出せるようになったと思う。
営業仲間にもテンションやばいねと言われた。その後、その仲間の家にてべろんべろんになりながらしゃべり倒し、その日を終えた。瞑っても瞑っても飲んでも飲んでも乾かぬ目と喉が私の体にくっついていた。どうやら赤く腫れ上がっているように感じた。始発で帰ったその日、私は意識が無意識か、鏡を見ることができず、照らす昼夜に逆らう様に床に就いた。