(エセ)カウンセリング
- 2016/01/07
- 12:21
plan.
宿題をやって来ない、毎日勉強をすることのできない高校生を教育的指導。怒る⇒追加課題⇒親に報告ダブルパンチ、といういつもの流れをやめてカウンセリングの手法を取り入れながら指導を行い自己の啓発と現状打開を目指す。
方法…今どうしたいのか解明⇒現状の解明⇒何故現状が起こるのか解明⇒『現状』から『今どうしたいか』を達成するためにはどうしていけはいいのか解明。
この順序を生徒が自ら考えて答えを出すことができるように誘導していくように話を進めていく。こちら側の言葉に対しての回答に矛盾や答えが湧かないようなとき、矛盾点を指摘したり、表現を変えて言葉を発したりして行きながら、最終的に自ら『勉強を毎日やる』意識をもてたと思える形へ持っていく。
生徒の現状況…数学10点という赤点を叩きだし、年明けの再テストで平均点以上をとらねば進級できぬという状況。そのためテスト期間にて毎日ラインにてやり取りを行い、学習状況の報告確認を行っていた。報告によれば順調に私の出した課題をこなしているらしく、私が再度ご家庭に入る際にはその宿題は終わっているはずの計算だった。しかし当日確認すると、宿題のプリントを半分も終えられていない。どうやら嘘の報告をしていたことが発覚した。問い詰めたところ、この一週間での推定累計学習時間は1時間にも満たないことが発覚した。というか、私が来る前直前にやっていたことが判明した(当然ノルマを終えることはない)。この生徒は私が家庭に来て勉強を教えているときは勉強をするが、来ていないときは一切学習を行っていないと推定できた。 つまり、このままでは赤点であるにもかかわらずノーベンでテストに挑む危険がある。因みに赤点を残したままだと進級できない。本人は切に進級したいとのこと。
do.
家庭入りして、まず勉強部屋へ。怒涛の説教。10分ほどでやめてからカウンセリング方式に移行。
「なんで毎日やらなきゃいけない宿題ができないんだろうね」
「んー」
「一週間で簡単な計算問題5問だけ出した時があったのおぼえてる?」
「はい」
「あの時って宿題やってきてたっけ?」
「覚えてないです」
「実はそれ先週の宿題なんだけど、それ覚えてないってことはやってないってことだよね」
説教モードになってしまう。気をつけねばいつもと同じだ。
「あー、はい…」
「内容的には5分で終わる内容じゃない、あの計算の宿題は。だけど一週間あったにもかかわらず、その5分すら君はやろうとはしなかった。一週間は10000分あるわけだけれど、君の10000分の中に宿題をやるための5分の隙間はあるのかな、ないのかな?」
どうも理詰めになってしまう。もっと抽象的な表現で…ハテナしていく…
「あります」
「あるっぽいよね、普通に考えて。じゃあなんで君はその5分すらすることができないのだろうね?」
「んー、わかんない。。」
「今週は毎日ラインで確認を取っていたよね。でも君は嘘をついていてマイニチはやっていなかった。これはやっていいことだったのか、悪いことだったのか。どっちだと思う?」
「ダメなことです」
「そうだよね。マイニチやれといわれているものは本来毎日やらなくてはいけいよね。わかる?」
「はい」
「じゃあなんで自分でわかっているはずのいけないことなのに、宿題をサボるということをしてしまうのだろうね」
「んー…」
「なんか理由があるのかな?」
「ないです」
「ないの?ほんとうにそうかな?よく考えてみて」
「えっ」
「サボるための理由がないんだったら、サボることはしないんじゃない?だって宿題や勉強を毎日やらなきゃいけないことってのは君は現に知っているわけだから。もしも知っているのにサボるための理由がないのだとしたら、それサボらずにとっくに宿題と勉強自ら進んでやるはずじゃない?」
「あぁー」
「言っていること、何となくわかる?」
説明が多くなってしまったら、一旦切って確認を取る。
「はい」
「つまりサボる理由がないってことはないんだよね。何かしらの理由があるのだけれど、隠しているのか気づいていないのか、それだけなのだよね。じゃあどんな理由があって宿題を、勉強をサボってしまうのだろうか?」
「…勉強を、したくないから…だと思います」
「おー。勉強をしたくないから。間違いなさそうだよね。君が勉強をできない理由、よく正直に話すことができたね。その『勉強をしたくない』というのが、どうやら今までの、そして今回の赤点の根本的な原因となっているのだ、というのは何となく分かる?」
ちょっと褒めてみる。
「わかります」
「では、『勉強したくない』っていう気持ちがあるけれど、これからはその気持ちをどうしていけばいいのだろうね」
「したくないって気持ちを勉強をする、って気持ちにかえることができれば、言いのかなと思います」
「ん?それだとさ、『本当は勉強はしたくないのにする』っていう状況になるわけだから、なんか無理矢理感ない?」
「うん…」
「無理矢理で続けてたらどうなると思う?」
「続かない」
「そうだよね。続かないよね。だから勉強したくないって理由に対して、勉強するっていうのは、何か変な感じ、するよね。違うような気がするのは、わかる?」
「うん」
「今の自分、勉強したくないって自分の、反対の自分になればなんか良さそうな気がしない?」
どっちつかずな曖昧表現でぼやかしつつ誘導色を混ぜ…
「あー」
「それってどういう自分になればいいのだと思う?」
「勉強したいって思う自分?」
向こうからそれを発するような言葉で誘導する。
「おー、そうだよね。勉強したい自分にかわれば、勉強したくないって気持ちはなくなるわけだし、勉強できるようになるから目標も達成できそうだよね」
「うん、」
「でも勉強したいって思えるのなら元から苦労してねーよって感じじゃない?」
「うん…」
「じゃあ勉強したいって毎日思えるようになるにはどうしたらいいんだろうね」
「んーと。最初は少ない勉強の時間でやって、段々とその時間を延ばしていく、みたいな」
「最初は少ない時間で段々と勉強する時間を増やしていけばいつか慣れて長く勉強続することができそうだよね。でもそうではないんじゃない?」
「ん?」
「君は、一日に5分はおろか、一週間に5分すら勉強に時間を費やすことのできないタイプの人間なんだというのはさっきかくにんしたよね?」
「はい」
「そんな状態なのに果たして最初の短い時間の学習をこなすことすらできるのかなっ?て俺は疑問に思うのだけれど、どうだろう?」
「できないです…」
「だよね。大切なのは時間ではなくて、まずそのスタート地点に立たなくてはいけないんじゃない?」
「うん」
「君の毎日の時間の中で勉強をやりはじめるための力というか、きっかけというか。そういうようなものが必要な気がしない?」
「とりあえず宿題をやってみる…的な?」
「うん、とりあえず宿題をやって見ることだよね。まずはペン握ってノートに書きはじめることをやっていけば勉強したい自分になるための第一歩がふめる気がするよね。勉強は勉強しはじめなければ始まらないし、勉強しはじめなければ勉強時間は零のままなのはわかる?」
言われなくても当然のことを真剣に言う。逃避行動に思考が固定されていると人間は当然のことに気がついていないことが多い。そのためのことだ。
「うん」
「でもさ、そうなると勉強したくない自分と、勉強しようとする行動が二つ対立することになりそうなきがしない?」
「うん…」
「ぶっちゃけ、今までは宿題や勉強やって来ないことばかりだったけれど、自分の中ではやらなきゃなって思うことはあったと思うんだよね」
プラス面も伝えておく。言い訳も認めてあげる。
「うん」
「あったはずなんだけれど、どうも行動に移せない。勉強やりたくないって自分になるための負けてしまう。なんでだろう?」
「んー…」
「こういうことない?勉強しなきゃって思ったらふと、部屋かたさなきゃって思ったりとか、ゲームやりたいなっておもうこととかー」
「あ、あります!」
「あるよね。他には急にラインの返信しなきゃとか、明日の学校の準備しなきゃなとか、もう寝たい、とか。あとなんかある?」
「風呂入らなきゃ、とか!」
共感を示したらしい。閃いたって顔している。
「おお、あるね。結構あるよね。今あげただけで六こもあったね。そういうなんかやりたいなっていうのってさ、勉強しなきゃって思ったときに限って『今心底これらをやりたい』って感じると思うんだけれど、どう?」
「うん。なる、なる」
「なっちゃうよね。なんで勉強しなきゃならんときに勉強以外のことをしたくなっちゃうんだろう?わかる?」
「勉強したくない、から?」
「そうだね。勉強したくないからだよね。いいね。わかってんじゃん。」
「うう」
「勉強したくないからっていう理由で勉強しなかったことって、今までなかったんじゃない?だってそういう理由で勉強しないってちゃんとした理由にならないし、口に出していったら俺におこられるだろうし、何より自分が罪悪感に見舞われる。っていやになると思うんだけど、どう?」
「うん。いやになる」
「そうだよね。いやになるよね。ということはだよ。勉強したくないって自分がいざ勉強しなきゃって状況になると、直接勉強したくない!って拒否するんじゃなくて、何かしらの理由をつけて勉強しないようにするっていう仕組みが、実はあったのだということは今何となくわかった?」
「うん…!」
「勉強しようとするときは今あげた中では6こ。6こも勉強を阻害する行動を心底したいと思ってしまう状況になってしまう。勉強するVS勉強したくないの自分の中での戦いは、数で考えれば1対6であらそわれる訳だから、勉強しようとしている側はどうなっちゃう?」
「負けちゃう」
「うん。負けちゃうよね。だからこの自分の中で行われる1対6の争いをまずはどうにかしないと、勉強することがでいないようなきがするね」
「うん」
「どうすればいいと思う?」
「何かしたいっていうものの前に必ず勉強を先にするようにする…優先順位を勉強が1番であるようにしておく!」
「おお、いいね。すごくいいねそれ。何か行動をする前にまず先に勉強をやってからにする。それをとにかく徹底する。そういうことだね」
「うん!」
check.
自分なりに行った高石さんのマネゴトのやっつけだったが、以外と悪くはなく、そこそこいい感触をつかめた気がする。気をつけねばならないなと感じたことを考察する。
まず、カウンセリングとはやっていることがまだまだ全くの別ものであることに気がついた。私が今回やろうとしていたことは新しい考えの植付け。だがカウンセリングを取り入れるのであれば、新しい考えの植付けを行うのではなく、エリクソン催眠の基礎概念ともいえる『元もとある感情の増幅』をコンセプトにして取り組んでいくべきであった。やっていること、最終的な形は同じものかもしれないが、この二つでは過程が大きく異なっているし、意識におくだけで違った結果にもなるだろう。感情の増幅を念頭に一ミリも入れずにしゃべっていたのはよくないかなとおもった。
終えた後何か喜びに満ちたような、自信を持っているかのような顔をしていた。外発的動機により使命感を持ち、狂心的に勉強をするような雰囲気を今までは出していたが、今のこの生徒の雰囲気は別物に感じる。内発性が芽生えたと言えるのだろうか。私は今のこの状態のこの生徒ならどんな課題も終わらせられるんじゃないかなと錯覚した。それほどまでにいい顔だった。だからそれを邪魔しないためにもこの時点で話を切った。
最も、この状態が続けば、いい。今までが今までだったから、この子に事実上の信用はもうない。口だけをするのは、よーくわかっている。だから今回もサボる可能性は存分にあると思う。仕上げられないかもしれない。私の希望は自力学習能力を身につけさせることだが、現実とはいつも無慈悲に裏切りを突きつけて来る。こればかりはもうどうにもならない。
どうにもならないし、絶対を保証できない。それでも見守る。それが教えるものの義務であるし、そうならないのならば教師に向いている状態ではないのだと私は考える。
誘導がまだあまいと思った。本人の口から出してほしいことを気を抜くとついべらべらと多く話してしまうような気がする。もっと抽象度を高める…つまり誘導したい一つの具体的回答を想起させる抽象表現を持ち合わせ伝える法を身につける必要がありそうだ。それはただ単にボキャブラリーを増やして難易度様々ないろんな言葉で説明し、相手に伝えるのではなく、相手の持っている言葉に合わせて発言することであると思う。そのためには相手の内面をよりもっと感じ取らねばならない。目で耳で、まずは相手に集中し、意識を向ける必要がある。
action.
・相手に目を向けろ。感情が現れる場所に目を向ける。
・相手に耳を傾けろ。含まれた感情を言葉から読み取る。
この二点は前々からの私が立てている課題の一つなのだが一向に良くなっている気がしない。人と関わるときは意識の上で常に存在しているようにする。
・誘導を行う上で常に持たねばならない意識は、『感情の増幅』というもの。
・この会話のやり方は営業での和みや打診、グダ崩しにも取り入れていこうと思う。