【ヤマザキ氏合流】光と闇の超嗜好
- 2016/09/12
- 02:27
ライトアンドダークネスヲタク
*会話内容については改変しているので、ツイキャスとは大きな齟齬がある。
*この日の僕について書いて頂きました。ヤマザキさんサイドはこちらから。
某日渋谷
池袋にて男優仲間の営業を見守ったその30分後には僕は渋谷のとある居酒屋にいた。
「Apple Watchだなんて、結構珍しいですね」
僕はまず初めに切り出したくて仕方がなかった話題に踏み入った。
「あーこれ?適当っすよ」
そう彼は軽々と口にする。
「Ωだとかミュラーとか、時計って沢山あるじゃないですか。あえてスマートウォッチを選ぶのが気になって」
「まーね、時計は色々あるよね。でもさ、時計って上見たらきりなくない?!ハマったら泥沼よ!時計って!」
「確かにそうなんですよね…!」
「ブランドものはいいんだけどさー、わかる奴から見られたらそこそこな時計だと大したことないって見られることもあるし」
「逆に分からない人がみた所でなんかキラキラ光ってんなくらいにしか見えないですしね」
「そーなんだよっ!給料叩いてさ、シーマスター買おうとするじゃん?ぶっちゃ値段ピンキリじゃん?数十万くらいで確かに買えるよ?でもそれじゃさ、なんだそれスカ…って見る人には言われるし、でも上は3桁とか沢山あるけど天井がまるで見えないじゃん?」
「はい」
「例えばだけど、G-SHOCKだってそうなんだよ。」
「Gshockですか?」
「そう、普通は数千円で買えるってイメージじゃん?でもフロッグマンとかMRGとかになると20とか50とか段違いに高くなるわけ。」
「なんと…」
「そんなんさ、普通はわかるわけないじゃん?だったらスマートウォッチでもいいかなって思ってw」
「今の時代を考えたらスマートウォッチですよね。ヤマザキさんのそういうところ賢いなって思います」
彼は『ナンパはエンターテイメント』のヤマザキさん。
最近の僕は「控えめなナンパ」をよく行っていた。静かに声をかけ、丁寧な会話を心掛ける。「ナンパらしくない」と言われるような「ナンパ」だ。だが以前の僕は所謂アッパー系な「ナンパ」で、チャラチャラした如何にも、な「ナンパ」を主として取り組んでいた。そんな僕はこの一年で封印する事にしたその「アッパー系ナンパ」をまた再び行わなければならないなと感じていた。何故なら通常、口説きたい女の子の求めるものに合わせて女の子への声かけをするものであるからだ。僕はそれが欠けていて、一周回ってその事に再度改めて気がつき、悩みの種となっていた。
正直以前行っていた僕のアッパー系は正しいものではないと言うのはわかりきった事であった。ならば正しいアッパー系を知らなくてはいけない。僕はそう思い、「アッパー系ナンパ師の頂点」と合流する事を常々目論んでいた。そんな中この人しかいないと思っていたのがこのヤマザキさんであった。ヤマザキさんは界隈の中で、僕が考えうる中で一番優れた「アッパー系ナンパ師」だと思っていて、丁度彼が新規合流を強化しているという事を見たのもあり、思い切ってダイレクトメールを送ったのだった。
「テキトーよ!てきとー!」
会話は止まる事なく続いてゆく。
「最近時計欲しくてたまらんのですが僕も全く同じ考えでスマートウォッチにしようかと思っとるのですが、でも僕のスマホ、iOSでもAndroidでもないから選択肢が一つしかないんです。それがすごく悲しくて…」
「何のスマホ使ってんの?」
「Windowsphoneです」
「Windowsphone?!わぁーまじかwマニアックなとこいくなーーぁ!持ってるやつ初めて見たぞw」
爽快な彼のトークが僕の耳を心地よく刺激する。あってこうして話すだけで色々な物を吸収できる、そう確信した。彼と今の僕はきっと異なる存在。その差異を認識出来るだけでもかなりの価値がある。この時はまだ、本当に漠然とそんな事を薄っすら感じていた。
まず僕と歳が近いことに驚いた。その歳の割にはやはり、まず第一に彼をネットというツイッターで抱いた想像と同様な、随分と落ち着いた印象のある風貌を彼は持っていた。彼は文字と現実でのキャラクターが一致しているという珍しい人種で「渋谷銀座ナンパ対決」での彼のキャッチーである「老害」は良くも悪くも彼という人間をよく表した言葉だと思った。
力があり静かに光るジェルで固められたオールバックの黒髪と、その下にすわる眼光。口からはアメリカンデザインの木製の柄で出来た電子タバコを蒸している。身につけている服装自体は特別派手なものではなく、かといって地味目のものでもなく、「渋谷でナンパをしてそうな男」のそれで、非常に量産されたものであると思えたが、彼の足に履く靴『ジョーダン』と、指と手首に巻くアクセサリー、もといジュエリーが彼の持つ「超嗜好」を示している。
「二人のナンパ師」は互いに炭酸系統の酒を飲みながら、腕時計から今度はメンズジュエリーの話題で盛り上がる。僕らは「ナンパ師」同志であるのに全く「ナンパの話」を口にしなかった。これは一見妙である。今まで「ナンパの話」をしなかった「ナンパ師」とは僕は合流したことがなかったから、「ナンパ師」と会ったら「ナンパの話題」をするものだとそう思い込んでいたからだ。彼と出会う当初の僕の目的とも表面上は違った。だが何故だろう、僕は初めて合流したヤマザキさんと会話をすると、きっとこんな「ナンパ」という言葉の使わない「ナンパトーク」になるんだろうな、と、また、「アッパー系ナンパ」も、そこから知り、身に付けるものなのだという事に、出会う前から何となくそう予想ができていた。 だから「ナンパ」という言葉の出てこない会話を至って自然に、当然の様に話すことができたのかもしれない。
彼の口からはたくさんのブランドの名と、その素晴らしさの形容詞が飛び出す。 ジュエリーについて語る彼は間違いなくオタクのそれであった。 その多くは僕が知らないブランドの名で、メンズジュエリーに関してはまだまだ奥が深い、にわかをさらけ出してしまったと、僕は彼の輝き見開かれた眼光を見ながらうなづきながら高揚していた。「何だか楽しい」そんな抽象的な空気と彼の作り出す言葉の爽風を味わいながら僕自身は彼へ曖昧な会話を返す事しか出来ずにいた。
実のところ僕は言うほどにわかでもない、だから彼と選ぶジュエリーのジャンルが違うと言うのは一つの解ではあったのだが、彼と「趣味」を語り合う時、根本的に僕にはまだ足りていないものがあるようだった。
どうやら僕は少なくともまだ彼に壁を張っているのかもしれなかった。なんとなく笑い、言葉を反復し、会話をしていたようであった。会話のエネルギーが低いためだった。それは僕の中では大変良くないことだった。ただただ空気に流され、彼の持つ「超嗜好」に飲まれ、「何となく」良かったと言えてしまうようなアポとなってはいけない。「アッパー系ナンパ師に会う」その目標はもうとうに達成されていて、それだけを得る為だけが目的ではなくなっていた。このままでは彼に失礼であると思った。自分の情けなさを露呈したくないと思った。僕は本日累計何杯目だろう、軽い酔いで弛緩する筋肉に冷たい汗をかいたハイボールを流し込み、改めて気を引き締めなおした。
靴やアクセサリーといったファッションだけではない、彼はカードゲームにゲーム、アニメや観光スポットにも精通していた。熱く、力強く、そのオタクは語っている。その熱は熱しやすく燃え上りやすいものであった。 彼と話すたびに彼の傾聴能力とコミュニケーション能力、そして体の芯の太さと質の良さをひしひしと感じ、僕は脱帽し羨望せざるおえなかった。
「俺さ、遊戯王やってたけど、結構ナンパ師の子達に勘違いされる事多くてさ。ガチじゃねーのかい!みたいなw」
「上の方に行くほど王道というか、みんな同じ流行のデッキになるんですよね」
「そうそうw」
「自分がやってた時代はシンクロダークやライロあたりが流行ってたと思います。」
「あーねwあの時代ねw魔の時代w」
「ちょうど海外製のカードがやって来て…ゴールドパックだっけ?」
「エキストラパックねw」
「そうですそうでした!デミスなりダムドなり裁きなり打って適当に並べてダイレクトDDB射出はい終わり、みたいなw」
「ヒデーよなw」
元々僕もオタクだ。ひたすらにのめり込むタイプのオタクであった。彼が明らかなオタクである事に確信が持てると、僕は(傲慢にも)彼と同じ性質を持った人間、同じ属性の人間であると思えた。遊戯王で例えるならば僕らはきっと「ドラゴン族効果モンスター」であろう。(何故ドラゴン族なのかは設定したタイトルの辻褄合わせなだけでしかないが、)しかし、属性自体は同じはずなのに何か圧倒的に異なっているものがあるようであった。しかし今はその事については考える事はできないだろう、そう思い、会話を続けて行く。
そもそも深く考える暇がなかった。僕と彼のするオタトークはまるで血液が循環して行くように自然に、全自動で、話題が展開されて行く。僕は、少なくとも『彼に対して自分自身で壁を張ってしまっている』ことが気になってしまっていたから、兎に角ヤマザキさんという人物を僕の体に取り込もう、受け入れて行こう、そうすれば肩の力も落ちてゆくのかもしれない、そう気張っていた。
「大抵みんな同じだからさ、ミラー戦でさ。だいたいデッキレシピが恐らく1、2枚違うだけなんだよねw一応その1、2枚は個性を出すんだろうけど、1、2枚だから結局変わんないっていうwあーわかるわーこいつのやろうとしてる事わかるーみたいな」
「高度な心理戦ってことか、じゃんけん感もありそうだけど…」
「QBさん何使ってたの?」
「ろくぶ…いや、ディフォーマーですねw」(雑魚いデッキである)
「ディフォーマwこりゃまたなんとも言えないデッキをww」
彼は身を右側へ倒れる様に、否、まるで彼の右側から生まれた何かを隠すかの様に、その体を前方に倒しながら柔らかく笑った。 その様はまるで、僕の使用していたデッキについて、ガチ勢の彼はバカにして笑いを取りに行くことをして良いのにも関わらず、それを意図して出さないようにしているように見えた。まさか僕に対して敬意を払っているのだろうか。真相のほどはわからない。だがもしかしたら、会話の血流をとめどなく流し続ける全身が心臓で出来ているかのような彼も僕と同様に壁を張っているのかもしれなかった。僕たちはどうやら楽しく会話をしながらも何か見えない緊張感を保ちながら向かい合っているのかもしれない、そう勝手ながら思った。
「い、一応エクストラデッキは一級ですよ?!w」
僕はそう慌てたような返答をした。
「QBさんポケモンガチ勢なんだっけ?」
しかし僕は彼と同じ性質で状態であるとの事を散々と口にしてはいるが、目に見える現象としての「実際」は全くそんなことはなく、殆どがヤマザキさんが主体となって会話を進行していた。話の流れは彼一人が起こしていて、彼と会って数週間経った今、思ってみれば、このことになにか悔しさが残る。
彼の問いかけから、今度は僕がオタクトークの心臓となる番となった。久々のポケモントーク、僕は恐ろしく熱が入った。ヤマザキさんはガチな話は知っているけれども、同じ環境で戦っていたわけではない様であった。ジュエリーの時と真逆となっていた。僕は少し心配したが、不幸にもそれが苦痛に感じず気にもとぬ速さで会話を続けていた。
「アレは子供のゲームではないよね」
ヤマザキさんが小出しにポケモンのオタクトークを切り出してゆく。
「ですね、3値とか普通子供にはわからないですもん」
「あれよな、育て屋のジジイの前で自電車漕ぎまくるとか正気ではないよねw」
「爺前固定w」
「??」
「育て屋のジジイが振り向いたその瞬間に卵の中のポケモンの特性性格性別が設定されるという仕様を利用して理想個体を効率的に出すってテクの一つです。まぁ上の層ほど卵なんて割らないで乱数調整とか改造で作り出してるのが現状ですけどね」
「…PCとか使っちゃうそっちの人だったかw」
「今は随分と公式の仕様が変わって、そんな危険な事しなくても5Vなりめざぱ個体なり簡単にできますけどね」
そんな中ヤマザキさんは僕のする彼自身が知らない話題でも食らいついてその話題に入り込んできていた。曖昧な単語、忘れてしまった数少ない情報を絞り出し、それがたとえ間違った言葉や単語でも兎に角それを投げつけて会話を成立させてくれる。話をする側に無意識に会話の火をつける才能があるようだった。僕はようやっとヤマザキさんという人物が思い遣りの溢れる随分と完成された人間であるということに気がついた。
「話聞いてたらやりたくなってきたわw俺さ、ダイヤモンドパールまでだからXYわからないんだけど、メガシンカってヤベーらしいじゃん?」
「メガシンカね…すげーやばいっすよ。あれは革命でしたね」
「なんだっけ、初代のポケモンがすげー強化されてるって聞いて…」
「ガルーラじゃないですか?」
「そう!ガルーラ!ガルーラがちょーやばいって事だけは聞いてて、まじかーみたいなw」
「あれはね、反則級っすよw」
「子供出てきちゃうって?!おかしいよな!しかもアレでしょ、あいつノーマルタイプだから結構技も覚えられてるっていう」
「そうなんですよ、特殊技も豊富で、まぁ基本は捨て身タックルばっかですが何しても最強っていう」
そんな、僕の話を聞くヤマザキさんは僕が話すその会話を純粋に楽しんでいるようにも思えた。少なくとも、僕もヤマザキさんが会話をして、それを聞いている時、とてもとても楽しかった。楽しかったのは間違いない。だが、彼の楽しみ方とは随分と意味合いが違ったようだった。僕のそれと比べると確かにポケモンオタトークを聞く彼は『この単語はわからない』だとか『やべぇガチすぎてついてけねぇ』と思っているように見えることがあったが、そこからの対応が僕のそれとは違っていたのだ。
僕はトイレにいき、一度整理した。うまくまだ言語化できていないが、いち早くその違いについて伝えたくてしょうがなくなった。ポケモンのオタトークをした事で、具体的な違いの一例を知る事ができた。でもそれは彼との違いの根本的なものではない。トイレから出た後僕はその事について切り出す。
「ヤマザキさんのオタクってすごくいいなって思うんです。関心を持つ範囲が凄く広くて更に一気に入り込む。にわかなんかでは決してなくて、その道の全貌を知れるくらい入り込んでる。」
「俺は確かにオタクなんだよ」
「はい」
「でもああだこうだで俺はその道で一番になる事はなかったんだよね。それはナンパでも同じで」
「…」
「すげー悔しかったよ」
「…」
ヤマザキさんは寂しそうな目をしていた。ように見えただけだったかもしれない。瞬間、もう別の言葉でその目は押し切られて消えて無くなっていた。
「でも別にそれでもいいかなって。楽しければいいじゃん?って思うようになった!」
「ヤマザキさんのそこが素晴らしいなって僕は思うんですよ。僕とヤマザキさんは間違いなくオタクで共通しているのだけれど、その楽しめているかどうかが違っていると思うんです。僕の場合のオタクは、ポケモンにしてもナンパにしてもブツブツブツブツ病みながらやるものですから」
僕は必死に笑顔でフォローの言葉を返していた。
「ナンパ、楽しくねーんかぁ…」
彼はぼそりとそう、言葉を落とす。またも寂しそうな彼の顔が僕の目に刹那映ったが、その言葉はやはりまた、もう別の言葉で押し切られて同じ様に消えて無くなっていた。まるで気のせいである、かの様に次の話題に移っていて、僕らは出会ってから随分経った後、ようやっと「ナンパ」や女の子の話をし始めた。
「てか俺、ダメ男だよ!」
そう彼は言う。
「と言ってもちゃんと働いてるんですよね?」
「まぁね。サラリーで働くリーマンですんで!」
「なら別にダメではないですって」
「んやそれがね…」
ヤマザキさんの乗り越えた闇だとか記憶が押し寄せるようにして垣間見えた気がした。混乱しながらも会話の話についていけていた。僕も僕で大学時代、似たようなことをやった事があったからだ。オタトークでないこの会話も…やはり傲慢にも彼と何やら共通するところがあるように思えた。僕の場合、女の子の浮気が彼氏にバレることで涙ではなく血を流したような経験だったが、僕のそれはあかさずに、同時に彼のそれの詳細も聞かずにしておくのがベストと感じた。
「それは…本当きっついやつですよね」
しかし僕の過去記憶は彼のものではない、安易に同意共感はしてはいけない、それは失礼だなとそう思って僕はそんな言葉を口にしていた。
「てかさ俺、女嫌いなんだよね。だってあいつらさ、話聞かねーじゃん!」
ヤマザキさんは先のオタクトークと同じ様な速さと勢いであまり触れたくはないようなグレーな会話を続けてゆく。恐らくば、彼は本気で女の子のことが嫌いなのだろう。僕もそうだ、激しく同意できるものがある。オタク性のみならず、彼は僕が抱く女性不信、拒絶、嫌悪感についてもどうやら共通点があるようだった。いや、間違いない、(何度も言うがこれを傲慢と言われても、もうそれは構わない…)間違いなく僕と同じもの、嫌悪を彼は持っている。 同意共感を安易にしてはいけない、決め付けはいけない、と、そうは言ってもその彼がその過去から得た結論、悟りには全て同意共感をせざるをえなかった。
だが、やはりちがうのであった。 彼の闇、いわば嫌悪感情が徐々に露わになってゆくのに、彼の話のトーンは変わってはいなかった。あっけからんとした顔で、平然と軽々とグレーを口にする。 彼は自身の闇を素直に出したとしても、それを笑いに変えるということをしていた。僕が彼が今言ったことを言うと間違いなく本物の犯罪者のようなサイコパスなそれになってしまうだろうが、彼ならばそんなことを言っても犯罪にはならない、そんな気がした。 僕とは間違いなく真逆であった。僕と彼の体を構成している素材、オタクや嫌悪といったそれは同じなはずで、結論悟りにも共感を示せるはずなのに、今こう目に見えるものが対照的な現象を示している。既にわかりきっていたのに、その現象をまだ具体的に言語化できず、己の中に落とし込めず、 僕は彼の話を聞きながら闇深く内省の中で苦悩していた。何なんだ、これは一体何なのか。光と闇のような絶対的に混じり合わぬ相違物が、オレンジ色に暖かく照らす居酒屋の照明によって今この瞬間だけ奇跡的に偶然的に繋ぎ合わさっているように思えた。
「男優ってすごいよね。なんだっけ4回出せるんだっけね?」
そうは思いながらも会話は続いてゆき、ベットでの話となる。
「はい、なんとかですか」
「それって賢者タイムないってことでしょ?俺賢者タイムやべーんだわ!出したら部屋から出すし、風呂に水ためて女溺死させるし」
「溺死?!エスすぎますねw」
「すまん、盛ったわw」
内省し続けたところで、このままでは収集が付かない。一つの事に囚われ過ぎていた僕は一度目線を変える事にした。よくよく考えたら「老害」と言うのは酷くも面白くもあるキャッチーで、結論と悟りを語る彼は目線を下にしながらも柔らかに確かにどこか遠くを眺めている老人のように僕は見えた。そんな山の頂、先端にゆったりと座を構えている老人は急に、遊び盛りの山猿に変化する。
「オフパコしたいなーオフパコ、オフパコ!」
「しこってくれるだけでいいんで!いや、贅沢言わない!舐めてくれるだけでいいんで!えっ?え?いやほんっと贅沢言わないから!ほんっと、飲んでくれるだけでいいんで!マジで!!オフパコ!オフパコしよーよ!てかさ!このキャス聞いてんのみんな男だろ!なぁ、男だけだろ?!いらんから!女の子だけ聞いて!女の子だけ女の子だけ!野郎は出てけ!いらねーよー!ちんぽはいらねーよ!俺さぁ、ちんぽの友達ばっかなわけ。女の子欲しいわけ、オフパコがしたいの!誰だよ!今聞いてる12人!絶対男だろ!?いらん!いらんから!!」
ちょっと面白かった。僕は笑った。
「ホントよく言葉が尽きないですよね、ヤマザキさんは」
「いや俺コミュ症だから。根はめっちゃコミュ障だから、めっちゃ人に壁張ってるからね!」
今日来て感じていた言葉を彼は唐突に口にしていた。
「じゃあ今はどのくらい僕に壁を張ってますか?」
意地悪く僕は彼に質問をする。
「今?最初は結構張ってたけど、今は…」
僕たちはいつの間にか店を出ていた。
合同営業を開始する。
彼の女の子への声かけはあんまりにも『雑』であった。
「あのな、あのな、あのな?あんな?」
全てこれであった。
『こんにちわ。』
『メッチャ姿勢よく歩いてますね』
『花柄好きなんですね、すごく似合ってますよ。どこの花屋さんでそんな服買えるんですか?』
こんな、僕のする声かけとはまるで異なっていた。彼の声かけは決して「ナンパ」ではなかった。言うなれば「エンターテイメント」であった。そこに言葉という概念がなく、彼の口からは彼の精神や勢い、熱が飛び出ているような、そんな感じ。女の子が笑い、それがたとえガンシカでも笑顔を見せている。
僕の番。いつものように言葉をあてる。彼女たちはむすっとした顔でスタスタと歩いていく。彼のそれとは真逆だった。今日は「ナンパ」を捨てねばならない、そう思った。「ナンパ」だけではない、言葉も、今宵は必要ないなと感じた。でなければ「エンターテイメント」の彼と声かけはできないだろうとその時僕は思えた。どうすれば良いのか声を掛けている彼の顔をもう一度みてみる事にした。
「あんな、あんな、あのな、あんな!」
彼の顔をみる。
彼の口はタバコを吹かしているわけでもないのに熱を帯びた煙を発しているように見えて、逆にその目はとても冷静で、女の子の表情、仕草、歩み、持ち物を確実に観察し、次に吐く熱の材料、燃料を急速に吸収している様に思えた。
僕も彼と同じような営業をすることにした。いわゆる言葉を兎にも角にも当て続ける「アッパー系ナンパ」。片方にヤマザキさんが、もう片方に僕が女の子達に言葉の連射を浴びさせてゆく。両女の子は「えっ、なになになにw」と戸惑いからのリアクションをする。「アッパー系ナンパ」を始めた僕は先ほどよりも、少しだけ女の子のリアクションが笑顔のものになっていたように思えた。しかし言葉を彼女達に高速で当てていけばいくほど、「効果使用すればするほど攻撃力守備力が500ずつ下がる効果モンスター」のように「毎ターン体力が二次関数的に下がっていく猛毒状態のモンスター」のように自身の精神が疲弊していくのがはっきりとわかった。よく見たらヤマザキさんは寂しそうな目をしていた。しかしそれなのにまるで勢いに衰えを感じさせなかった。この営業の仕方を確固たる自分の営業として扱っている様に思えた。彼の熱気は女の子を包み、確実に笑顔を作っていた。闇夜を照らす街灯ばかりのこの街で、彼と会話をして苦悩したモノの答えが僕の目の前に明るみとなって鎮座していた。僕はまだわからないと思った。わかるのが怖かったからだ。
僕らのコンビはうまくいかなかった。オープンも難しい状況であった。そんな中、彼は言った。
「ナンパは楽しむもんでしょ!」
僕はそれに返事を返すことができなかった。
しばらくしたのち、夜通し営業をするつもりではあったが、彼は先に渋谷を後にした。
「しゃ、やるか」
彼が渋谷を去った後、僕はそう独り言を地に落とし、営業を開始した。
先ほどとはまるで逆、最近の僕の営業で渋谷を歩き回った。
何人に声を掛けたのだろう。
気がついたら僕は泣いていた。
何故この街で僕は泣いている、街行く人たちは何故泣いていないのだ。僕は急に孤独に陥った。
彼と別れて1人になって、泣いて、そうしてようやく気がついた。彼と僕の違いについて。
彼は光のオタクだった。勿論、嫌悪憎悪妬み怨みといった感情はあるだろう、だが彼はそれを力に活動していないオタクであった。面白い楽しい刺激的な感情を持ってして、いや、追い求めてオタク活動のみならず、営業活動も行なっている。負の感情はひた隠している。
僕は闇のオタクであった。勿論、面白い楽しい刺激的な感情はあるだろう、だが僕はそれを力に活動していないオタクであった。嫌悪憎悪妬み怨みといった感情を持ってして、いや、自ら追い求めてオタク活動のみならず、営業活動を行なっている。正の感情に蓋をしている。
彼は常に目と耳をフルに使い僕と女の子を見続けていた。そうして言葉をすぐ様作り出し、うなづき、綺麗に並ばれた歯を持つその口を使って間髪入れずに僕の体へ、勢いと熱を保ちながらも優しく確実に投げかけていた。体を全体を使って会話を聞いている様に思えた。僕も確かに彼と同様に話を聞いては、うなづいていたのかもしれない。だが彼程に体を使って会話をしていないということは間違いなかった。口を動かし体を動かし話をするために目と耳を使って能動的に会話を聞いている彼に対し、僕は受動的に会話を聞くだけ聞いて、会話を長引かせるために相槌や反応をしている、という事に気付かされた。
その結果、彼は楽しさの塊として存在する。しかし光輝かしい楽しいそれと同様に、彼自身が抱えているもの、闇もかなり大きい人に僕は思った。だが彼はその闇を口にはしない。今後彼との仲がとても深いものになったとしても恐らくばその闇を打ち明けることはないだろう。彼は闇を人に口にすることはなにも生まれない無意味なことなのだという事を悟っている人なのだとこの時の僕はそう結論付けた。 それこそが「アッパー系ナンパ」を成立させる為の確固たる柱であった。
この違いを認識した時、僕は「ああ、彼の様にならなくては」という感情が不幸にも湧かなかった。もっと己を磨き、精進していこう、そう強く思えたのであった。ただ、闇を磨き続けるということではない。メンヘラではなく、シンプルに、もっと営業の技術を磨いて行きたいと強く思うのだ。彼とは違う方向性で、僕の進んで行こうという道は端から見たら闇を磨き続けるということなのかもしれない。だがそれでも続けていこう、生きていこう、僕はそう強く思った。
きっと僕は彼から生きる活力を貰ったのだろう。感謝ばかりが湧いて出る。逆に僕は彼に何をあげる事が出来たのだろうか。(多忙な彼であるが)彼の感想を我儘にも気長に心待ちにすることにしようと思う。