未知開拓
- 2016/09/23
- 03:50
初めての陵辱調教モノだった。
あらゆる拘束具を取り付けさせ、様々な玩具で弄ぶ。男優は勿論僕1人。
初めて故の緊張だったのか、どの位の加減が良かったのか中々手が出ない。それを監督にびしびし指摘され、もっと強く、もっと強くと求められる。監督の苛立ちが空気として僕の肺の中へ入り込む。個人的に得意だと思っていた言葉責めですら今日はどうにも上手く出せなくなっていた。ゴンブトなヴァイヴで行うイラマチオも…だって今日のこの女優さんは随分と体調が悪かったみたいだし、イラマチヲをしようと白い肉棒を模したシリコンを彼女の口の中を突っ込んで行くと舌を裏にしてガードしてるのが見えているのだ。だからやっているフリでもしたほうが良いんじゃないか、喉元を犯すフリをする演技をするのだ、そう思い口の入り口でヴァイヴを力ませていると、間髪入れずにカットが入り、「もっとしっかり奥までやんなきゃ!これ陵辱ものなんだよ!?」と完全にそれがばれてしまった。加減がわかっていなかった。女優さんは随分とケロっとした顔をしていて、もしかしたら口の中の舌ガードはあれを含めての演技だったのかも知れない、そう思った。僕は作品を作る上での監督と女優さんとのやりとりを上手く行えていなかった。僕は混乱していたのかも知れない。さあ次はどうなのかと台本と指示だけが耳元を行き交っていて、形容し難い感情だけが頭蓋の中で酷く叫び、脳内が激しく振動していた。
ワンシーンが終わり、監督が席を外している時に、ADさん、カメラさんが僕の顔をみて、「大丈夫、気にする事はないですよ」と声をかけてくれた。その時にようやく僕は無意識に顔に出てしまう程に落ち込んでいたのだと気がついた。彼らの言葉に少しばかり救われたのは間違いなかった。けれどそれでは終わらせてはいけなかった。前回のこの監督の作品では僕は割と上手くいってて、その結果この監督から声がかかった。しかし、今回盛大にこけてしまっている僕は、むしろ気にすることしかない程に問題大有りだった。ジャンルが違う、未経験、僕にはまだまだ実力が足りていなかった…コレは仕事なんだ、そんな言い訳は断じて通用しない。仕事を任されて来ているのだ、上手くやれない自分、仕事をこなせない自分という人間がとにかく悪いのだ。
自己嫌悪で潰されそうであったが、初の陵辱ものだ、学ぶ事がとても多かったから、僕は必死こいて監督の柔らかくも鋭利な棘のある言葉を鼓膜に焼き付けていた。ここ最近の中では最悪の撮影となってしまっていた。
僕は撮影後、この最悪を何かに当てつけてやりたくて、新宿で営業を行った。さっきまでの最悪はどこへ行ったのか、僕はにこやかに街ゆく女の子に声を掛け、会話をする。怖いくらいスムーズに会話ができてしまう。つい半時間前の出来事が頭の中からまるまる抜け落ちてしまっているようだった。
その後たまたま近くでやっていたという営業仲間と会い、また更に声掛けを加速した。凄く気が楽だ。連れ出しもなく、バンゲもなく、結果はなにもない、何もやれるはずがないのに今日は何かやれるような、そんなおかしな万能感が僕の中であった。端から見たらおかしな状態だったように思う。気持ちだけが異様にハイであった。道行く女の子達と喋り疲れた僕たちはそのまま立ち飲みのバーへ向かった。
バーは随分と若者、男と女でごった返していた。クラブ程ではないにしろ、気持ちの高まるポップスが心臓の動悸と共鳴し、僕たち2人の気を高まらせてゆく。立ち飲みのテーブル着き、乾杯。さっと辺りを見回した。
「タゲいないっすね」
相方の彼は僕に同意確認を求めるようにして言う。
「うーん。みんなグループの中だ。女子だけで飲んでるのはいないし、なかなか難しいのかなぁ」
女の子がいないことはない。
しかしその女の子たちは全部グループの中にいる状況。更には圧倒的に男の数のほうが多かった。所謂、レッドオーシャンというやつだった。そんな中、1人の男と目があった。外国人だ。随分とすらっとした高い鼻を持っていて、その目はエメラルド石でも入っているかのように輝いていた。僕と目があった彼は一瞬の間も空けずに僕へ笑顔を見せてきた。僕は呆気にとられたが、少しの間を空けてから、彼と同じく笑顔を返す。そうして口を開いた。
「どうも。何人?日本人?」
聞き取りづらかったのか彼は僕の方へやってきて耳を近づけてきた。
「どうもん。何人?日本人?」
「ワタシドイツジーン」
片言の日本語が飛んできた。僕の何かが頭から飛んでいったことに気がつく。気がつきながら僕はベラベラと口を回していた。
「わーお、ジャーマニーポテイトゥベーコニアン!はろーはろーよろしくよろしく!俺日本人。あれね!君うまいね!日本語!うん、俺よりうめーよ!すげーよ!」
僕はすっと右片手を出す。
彼はその僕の片手を手に取った。
「君はえーと、どこのグループの人かい?そこかい?それとも向こうかい?」
「エットネー、ココダヨー」
彼はこのバーで一番大人数のグループを指差して言った。
「めっちゃいるじゃーん、えっ、なに、あれか、ここの人たちみんなドイツ?みんなドイツッ子なの?留学生的なアレ?」
「ソーソー」
彼と会話をしていると、今度はアジア系統の2人の男が僕たちのところにやってきた。1人は日経ドイツ人、1人は韓国人。そんな彼らと僕たちは会話をしながらその大人数グループの中心部を覗いてみる。
(長身パイデカジャーマニーガールと…猫型美脚ジャーマニーガール…か。女はその2人…あとは男だけ、10以上はいるか…?)
「中々のスト高ですね、あの外人2人」
僕と同じところを見ていた相方が僕にこっそりと耳打ちをする。
「だね」
「特にあの猫。美脚っす」
「足好きわろた」
僕も同様に外人男三人にわからぬよう素早く小さく耳打ちをする。
しかし相方からはそれ以降言葉は出てこなかった。彼は、グループの中心、ドレッドヘアのゴンブトな腕を持つ髭面の黒人をみていた。両脇にその唯一の2人を抱えて愉快に豪快に笑っている。世界の王にでもなっているかの顔をしていた。アルファメイルオブグループだ。
「…」
僕は相方を見ていた。このグループの末端の男であるこの外人三人としょうがなく話しているが少しばかりあの黒いアルファメイルの方を態とらしく遠くに眺めている様に見えた。もしかしたら僕の見間違いかもしれない、けれどこの時の僕はそんな彼の姿がAFCの様に見えてしまっていて、このままではいけないなと感じていた。しかし、打つ手だてなんぞ、何かを変えるものなんぞ、今の僕らには何も持ち合わせてもいなかったし、ここから何かをするという行動自体が思考の範疇外であった。普通だ、これが普通なのだ。だから特に焦ることもなかったのだ。
もう一度あのグループの頂点を見る。黒いα、対してこちらは黄のAFC。これではいけない。僕の脊髄から雷撃を走らせるかのようにそんな言葉が生み出されていた。僕らはαでもβでもAFCであってもいけない。そんな人を固定化させてしまうような概念が存在してすらもいけない。僕らは「ピックアップアーティスト」であり「ナンパ師」であり「道化」であり「外道」だ。この立ち飲みバーの人という群衆の中で「例外」でなければならない。例外な外道となるために僕は営業をやっているんじゃないのか。
「例外」。その言葉が頭の中に思い描かれた瞬間、「例外」というその言葉は、僕の脳機能である思考を破壊し、そして僕の身体機能を全て支配していた。体の筋繊維はもう完全に僕の意識下にはなくて、その言葉が全自動に体を動かしていた。眼球はあの「黒いアルファメイル」だけに焦点を合わせていて、オートマとなった僕の唇を動かす筋肉は相方の肩越しから一言伝えていた。
「殺ってくる」
「え?」
僕はバックから一本の『フォーク』を取り出した。
「こいつ一本で狩ってきてやろうじゃん」
バーの中で一番大きな群衆へ入り込んだ。
「やぁジャーマニードレッド!君、中々に強そうな体じゃないか!」
「?!」
「さっき君の仲間と話してたんだ。このグループで一番強い奴は誰なんだって」
「…」
「ごめんごめん、俺は新宿イチ怪しい男で有名なきゅーべーってヤツさ、よろしく頼むよ。ところでさ、ドレッドメン。このフォークが怪しいフォークじゃないか調べてみて欲しいんだ。腕っ節がありそうな君は、このフォークを曲げることができるかい?」
「フォーク?」
「そう、このフォークだ。どうにもこのフォーク、魔法がかかってしまっているみたいなんだよ」
「マホー?」
「マホー、そう、マジック、マジック。ちょっとどんなものか確かめてくれよ」
そう言って僕はフォークを手渡す。彼は力を加えたりするがすぐに諦める。
「フツーノフォーク」
彼は肩を竦めて僕にお手上げした。
「ほんとーかいドレッド?てか君日本語うまいな。僕よりうまく使いこなしてるよ最強だわ。」
「おっとそーり、今はそれどころではない。ドレッド、君は調べが甘すぎる。本当に曲がらなかったかい?ちょっとよく見ててくれ。このフォークをこう手ヒラに乗せる。…うん、周りの君たちもよーく見ていてくれよ。そうだ。このフォークの先端部分をよーくみててくれ。こう手をかざしてゆく。ゆっくりと手をかざす。そうすると…」
「…ワオ!」
金髪巨乳と子猫美脚が口を開け小声で叫び、黒いアルファメイルが懐疑な目でフォークを見続けている。
「べ、ベンディング…」
黒いアルファメイルがつぶやく
「…そう、手をかざしただけでフォークが曲がってしまうんだよ。」
「なに、君何者?!」
「えっ、なになに」
僕の存在に気がついたらしい個々に話していたグループのメンバーも一斉にこちらへと目線を向ける。
「おっと、じゃあ続き。実はね、もっと曲がってしまうんだ。…そうこうやって手を押すようにしてかざしてしまうと…」
「ノォ…!?」
「ええええええ?!曲がった!えっ曲がってる曲がってる曲がってる?!うそ!?」
「ワイ…」
「こんなふうになっちゃうんだよね」
僕はグループの中の注目の的になっていた。グループが唐突に掻き乱され呻き出す。対して僕は冷ややかで、このバーの動悸高まるBGMすらも耳の中にはいっては来ない程に集中していた様に思う。余りにもオートマチックに動いていたからか、自分があの時どんな気持ちだったのか、今となっては思い出すことの方が難しい。そんな状況の中グループの日本人の男が割って入ってきた。
「いやいやいや貸せよそれ。」
僕からくの字に曲がったフォークを奪い取り言う。
「マジック用の曲がりやすいフォークか何かだろ?…ってあれ?」
「そう、よくわかんないんだけど曲がる人と曲がらない人がいるみたいなんだよ。間違いなく普通のフォークではないとは思うんだけれど…貸してみて。こうやって、曲がったこいつに今度はふっと、息を掛けてやると…」
「…?!!」
子猫が口をあんぐり開けてしまっている。
「そう、元に戻るんだ。おかしなフォークだろう?っておいドレッド、お隣の子猫ちゃんの開いた口が塞がってないぞ。手を押さえないとハエが飛び込んできてもしらないぞ」
僕は彼女に手で口を塞ぐジェスチャーをした。
彼らは笑った。
「改めて自己紹介しとこうかな、僕は久兵衛。ないすとぅみーとぅー。わっちゅよあねーむ?」
僕は黒のアルファメイルに手を差し出す。
「キューべ!マイネームイズ、ビル!」
「ビル!よろしくね!」
握手をした。
「ビル、握手ついでだ、そのままこのフォークの先端を持ってくれないかい?試したいことがある。そう、そう持ったままこのフォークをゆっくりと捻ってもらえるかい?そう、そんな感じに、もう少しだ…ぐるっと。そうだ。それから、ゆっくりと、引っ張ってみて…」
ビルは目を丸くし、傍にいる子猫がまたくちを開けてしまった。僕は彼女の目をようやっと見る。灰色に輝く目と合う。僕がそれに対して挨拶代わりに両口角を上げると、彼女は何かに気がついたように口を押さえた。そうして慌ただしく恥ずかしそうに目線を外す。
「ビル!すごいじゃないか。君は今、フォークを捻じ曲げてしまったんだよ!すっごいよ!君は魔法使いかなにかかい?」
時計回りに捻れてしまったフォークをみたグループの面々は、貸して貸してと手渡し手渡しで「不慮にビルの魔力のせいで異形となってしまったフォーク」を求めた。ビルが日本語でない何かで彼らに慌しく興奮気味に話し始めた。僕は相方と韓国人と日経ドイツ人のいる席に戻った。
「QBさん…すごいっす…!なにやってんですか!?」
「いやーまーなんつうか…」
僕は元の席に戻るとエネルギーが切れたのか間の抜けた返事をした。気持ちは確かにハイではあったが、何も考えられない状態だった。まるで間抜けの殻だった。
「たまたまフォーク持ってたから…アレやってみたくなったんだよ、急に、あの、アレ…ザゲームの冒頭の…」
そう今日はこの辺でいいかと、グループで遊ばれる捻れたフォークを眺めながら彼らと会話をしていると、僕が未知にも飛び込んだグループから二人、群れる人々をかき分ける様にしてこの席へとやってきた。さっきまで黒いアルファメイルに誑かされていた金髪巨乳ジャーマニーと美脚子猫ジャーマニーであった。エネルギーが切れたのは嘘だったのか、僕はまたも口を回し始める。
「おやおや、びっくり子猫ちゃん。どうも。」
僕は人生で初めてAMOGを遂行する事に成功した。
僕は仕事で未知なことに怖気づいてしまい、ボコボコになった。営業では全くもって考えられないことを思い切ってやってみた所、何処かで見たこと聞いたことがあるモノを実体験を持って成功、体現することができた。
仕事は間違えられない、そんなプレッシャーがある。女優さんにNGを喰らうのがとても怖い。知らないプレーは怖気づいてしまう時がまだまだある。だけれど仕事に対して僕は全力で取り組んで行きたい。いいや、行かねばならない。僕はまだまだ新人だ。未知なことがたくさんある。それらに対して全力で取り組もう。雑に取り組むのではなく、無謀に挑むのではない。それでは怖気が体を支配してしまうだろう。
例えば仕事なら、分からないことをしっかり聞くとか、確認をコミュニケーションをとるだとか、それでもわからないことがあったりしたら先ずはやってみる、ドンと構えてやってみる。きっと基礎的なことなんだろうけれど、そんなことに未知な営業を通じて改めて気づかされた気がする。
明後日、僕はクラスタの古株、凄腕の集団の飲み会に参加する。彼らとの対面はまたしても未知な領域だ。(というより本来入ることの出来ない筈の領域…詳細はまた後日)今の僕が何処まで行けるのか、仕事の失敗、このアモッグの挑戦を胸にこれからも学び続けようと思う。
※この日、僕は黒のアルファメイルと仲良くなりすぎて、サボテンの様に細かく、しかしゴン太い強い毛の生えた顎を舐めるというプレイまでやって退けた。未知とは危険でもある。