ナンパブログ
- 2017/05/31
- 21:52
最近僕はナンパ師に会っていない。最後にナンパ師という方々に会うために行動を起こしたのが去年の「関東ナンパ師忘年会」。
「会うために行動を起こした」というのがなんとも重い腰をあげたかのように出向いた僕はもうナンパ師ではないようだった。ナンパを括り付ける事をやめた僕で、この先また何かの拍子でし始めるかもしれないし、もうやらないのかもしれないし、そんなこんななのでとりあえずは、ここまでやってきた僕自身のナンパのまとめとなれば良いなと思い参加の申し込みをしたのだった。
仕事が予定より長引き、開始時間から随分と遅れて行ったそこは、ライブハウスを丸々貸し切ったかのような大きな会場で、立食するのもぎゅうぎゅうなほどに人が集まっていた。彼らが皆、『ツイッターナンパ師』と呼ばれる者たちのようであった。
(ナンパ師という存在に多大な嫌悪を抱いている女性達各位はこの会場を爆破する事で恐らく、関東に棲まうチャラクズ男の殆どが灰となり浄化されるのではないかというくらいの人数である。)
この会場でただ突っ立っていることがなんだか嫌だった僕は会場の中で出来上がっているいくつもの人達の集まりを転々とぐるぐるとしていた。そんな時にサシ飲みをしたヤマザキさんと鉢合った。彼は会の企画メンバーだったか、どうやらぐるぐると会場を見回っているようだった。
「ご無沙汰です、ヤマザキさん」
「おおおー?QBさんー!きてたの?!」
「はい、お邪魔しています」
「大丈夫?」
心配をかけてくれたようだった。この時の僕は確かに大丈夫ではなかったかもしれない。少しショックだった。
会場をぐるぐると回りながら、僕は一度お会いした事のあるナンパ師を探した。少し歩けば知っている人を見つけられるほど、顔見知りのナンパ師もたくさんきていたのだけれど、圧倒的に僕が実際にお会いした事のないナンパ師が多かった。
彼らの体の何処かしらに、ガムテープにサインペンで書かれた名札がつけられていた。どの名札もネットでみたことのあるものばかりであった。僕は遅れてきたため、その名札はなかった。だから初めてお会いする方には口頭で伝える必要があった。
「あぁー知らないなぁ。もう新しい人全然わかんないわぁ」
「あぁーあの、まどか◯ギカの」
「あぁーあの…」
「あぁーQBさん。ブログ読んでます」
「あぁどうもどうも先日は」
僕が名乗るたび、彼らは「あぁ」と言った。しっていたり知らなかったり。色々な意味合いの「あぁ」があったのだが、間違いなく言える事は彼らは僕のことを尊敬だとか関心だとか興味だとかの目で見ているわけではないようであった。ツイッターやブログ、それらの内容が今ここにいる者たちの顔になっている。QBと言う名も例外ではない。名前を認知してある人は僕から「僕はQBと言います」と聞くと何を思うのか。このことを考えることはあまり良いことではないように思えた。
この場所で新たに連絡先を交換したりして、この場で飲みのお誘い、合流ナンパのお誘いを頂いたりはしたのだが、結局その後、彼らに会うことはしなかった。僕から連絡を取る事をしなければきっと会うことはない、そんな関係性でしかなかったように思う。人と会いたい欲がなければ会うことはきっとない。一昨年去年までは色々なナンパ師と沢山と会って来ていたのに、僕自身がすっかりナンパをしなくなってからというもの、同時にナンパ師と会う機会もすっかりなくなってしまっていたのだった。
年が明け、ナンパ師忘年会から随分と久しぶりに、あるナンパ師からツイッターのDMが届いた。飲みのお誘い。僕のブログを見て、送ってくれたようだった。
その方と合流して酒を飲むことにした。僕にとっては随分と久しぶりのように感じられるナンパ師との合流であった。
連休真ッ只中、真昼間、二十四時間年中無休営業中のイカ臭い居酒屋で、彼はなにか残念そうな感じでこう言った。
「今のQBさんのブログ、方向性がわからない感じですよね」
そう指摘され、僕は内省せざるを得なくなってしまった。
「とあるav男優の裏垢ということでやっていこうかなと思ってます。」
「はぁ」
「ツイッターのアカウントもまた別のものをいくつか作っていって、ナンパ師やAV男優というのに囚われず別の角度から何か言うものを作っていこうと考えていますよ」
ナンパをもう随分としなくなっていた僕が、このナンパブログの存続をどうして行くか、やんわりと描いていた今後の活動の方針、展望を彼に伝えた。あえて伝える必要はないのに、畏まったかのように決まりきった具体的な言葉を僕は発していた。
左斜め下に俯きながら僕の話を聞いている彼の顔は、あまり晴れたものではないようにみえた。それを見て更に僕は言葉を発す。まるで何かを弁解してるかのようだった。なんで僕は特別深い関係でもない初めてお会いするこの彼に、自分自信を弁解するかのような言葉を発しているんだろう。
彼の残念そうな顔がやけに僕の脳裏にへばりつく。ナンパブログとして始めたこのブログ。なのに僕は今全くナンパをしていない。これでいいのだろうか、もうナンパ師を卒業していいのだろうか?どうやらそう疑問を持つ僕が僕が中に居座っているようであった。
ナンパというのは女の子を抱くための手段だ。女の子を落とし、体を頂く。そのために僕らは回りくどく、面倒なことを実践している。だから満足いった経験を得ることができたのなら、そこで辞めてもいい。満足がいかなくなったらまた新たに始めればいい。
ナンパ活動に勤しんでいた僕はふとしたきっかけでAV男優となった。女の子を仕事として抱くようになった。休みはほぼなく、都内のどこかでエロに精を出す。女の子にヒモをしなければならないほどの給料。だから毎日女の子の家に帰り、またそこでセックスをする。そんな日々の繰り返し。性に、承認に、なんの不自由のない生活。
そんな日々に慣れてきはじめた今日この頃、気がついたらナンパする機会そのものすら全くなくなってしまったのであった。
「Qべぇさん、ナンパするメリット全然ないですよね」
浮かない顔の彼の言葉に僕は肯定を口にする。今の僕はナンパをするメリットがない。むしろデメリットになりうる。時間合間にストをしたとしても、結局メンテやアポで仕事の時間も金も無くなる。下手したら性病を貰う可能性もゼロではない。仕事で僕は上へ上へと成り上がりたい。だからその弊害となるものは今の僕にはあってはならないんだ。これは絶対的なものなんだ。
そう、思っているはずなのに僕の中に、なにか、ナンパを忘れられない思いがあった。
ナンパをするメリットがなく、デメリットが大きいこの僕にもやめたくはない、と思う理由があるようだった。
それはナンパに対して悔しい思いがあるからということだった。経験人数こそとっくの昔に一般人ではなくなっていたはずなんだが、僕は「『ナンパ』で女を沢山抱いていない」。このことがコンプレックスとなってしまったみたいだった。
また別の日。ナンパに誘われた。
ナンパの仲間ではない。男優仲間だ。彼は僕と同じで毎日セックスをする相手がいて、男優の仕事をしている。けれども毎日ナンパをしている、そんな男。
「ナンパしようよ」
「まじか、最近全然やってないんだけど」
安い居酒屋の薄いハイボールを飲みながら僕は言い訳を吐き出す。
「どうにかなるっしょ」
「てか、よくできるよな。仕事でぶっちゃけ十分なんだけれど。」
「えー?仕事とプライベートは全くの別物じゃない?」
確かにそうだった。彼の言っていることが正論だった。僕は見栄を張っていたのだった。
街に出ると真っ先に彼は声をかけていた。後ろ姿が綺麗な女の子。ゆっくりとスマホをいじりながら信号を待っていたその子を足止めさせる。僕はその姿をじっと見つめていた。楽しそうに、ただし一定の距離感を確実に保ちながら打診、和みを繰り返して行く。
4回青信号の点滅を見ただろうか、1番ゲして帰って来た。戻ってきた彼の顔は緊張で強張って見えたが、満足感があったように見えた。
街をふらりふらりと歩いてゆく。何人か、惹かれる美貌の女の子が僕の視界を横切ってゆく。一人、二人、三人と僕の視界に入るたび、僕の中で何かが溜まってゆく。それは欲望と嫌悪と畏怖と自己が入り混じった黒く暗いもの。僕の今まで見てきたもの、してきたものから、得てきたもの、感じてきたものを絞りに絞って濃縮された毒のようなもの。
四人目で僕は進行方向をかえて追いかける。痛みがなく風になびく金髪、タイトなデニムに吸い付くようにつく脚部の曲線美、カツカツと素早く歩を進める尖った黒のハイヒール。
近く、追い抜く、体で振り返る、微笑む、声を掛ける。綺麗な筋の通った鼻と、ガチガチに固められた不機嫌なギャルメイクが僕の視界に入り込んでくる。何かが秒を追うごとに体に溜まって行く。彼女の歩みに流される様に僕は体を動かしていった。
「こんばんわ」
目線。歩みながらの2秒の沈黙。伏せられた顔。
「早く歩いているね」
沈黙。
「これからしごとに行くみたいだね?」
沈黙。僕は口角を上げる。
「今そこですれ違ってさ」
無言。
「良い匂いがすると思って振り返って、追っかけて見たら君だった」
急に顔が上がる。
「はぁ…?!」
僕の好きな困った顔が見える。無理やり上がっていた口角が楽になってくる。
「ちょっと止まって。少しだけ話ししたいんだ」
更に一歩、彼女の前にはいる。
「…」
再び無言。彼女は更に僕を追い抜いた。
「おはよー!」
急に明るく声をあげた。周りを見るとキャバクラらしき店の前。彼女はその中へ入っていった。キャッチをしていたであろうボーイが「どうした?」と彼女に声をかけながら僕の方をジロジロ見ている。僕はすぐさまにその場を後にした。
ナンパをすると自分と向き合う事が多くなる。僕はそれがやだった。辛く悲しくなってしまう。ナンパをしていると生きている心地が全くしないのだ。ずっとずっと死に続けている感覚に陥る。そしてその死を一度味わうと、中々抜け出すことができない。一度声をかけてしまったが最後、触れてしまったその毒は僕の体を溶かし切るまで永遠とへばり続ける。欲望、嫌悪、畏怖と自己が僕を喰らい殺してゆく。
抱きたいと思った女が抱けない。それが僕のコンプレックスだったのだ。
好きだと思った人に好かれない。なりたいと思った自分の理想像になれない。寂しさと欲望は永遠に尽きることはない、生き続けるたびに積み重なる毒なのだろう。