人が言う、人のため
- 2017/07/25
- 20:03
無理なものは無理なのか。超えられないものは結局越えることができない運命なんだろうか。僕は未だに夢を追い続けている。どの夢も、僕は未だ諦めたつもりはない。一線を退いた教育系のジャンルも、趣味であった美術関連やゲームも、ナンパも、女関係も、金のことも。もちろん今やっている、AV男優という仕事も、僕は常にてっぺんを目指して取り組んでいる。諦めたつもりでいて、実は根っから諦めてないものばかりである。
僕は昔、剣道をしていた。とても弱かった。地方地区大会でいつも一回戦負け。男子部員は僕しかいなくて、気合と声だけは負けてらんないなと思っていつも大きく張ってたのもあって、大会ではよく後ろ指指される存在として有名だった。同じ学校名の全国レベルの強豪校が隣地区にいるから、一人の僕はよくそれと比較されていたのだった。それが悔しくて僕は県で一番強い公立高校に入学し、剣道部に入った。勢いで入った仕打ちとも言える練習量はやすやすと僕の手の皮足の皮を引き裂き続けていった。正直辞めようと思った。練習は死ぬほど辛いし、何より同期や先輩、入ってくる後輩たちのレベルが毎年毎年全国レベルの人達。そして何より運動神経のなさも祟って、練習についていけたのが奇跡みたいなところがあった。それでも悔しかったから、続けて行くことを頑張った。続けていれば強くなると思ったからだ。
散々中学時代にボコボコにされてきた他校の子とたまたま練習試合で当たった。僕は彼を瞬殺した。そのとき僕は「あぁ成長したんだな」と感じたのだけれども、そりゃ当たり前だよねと言わざるをえない。なんたってあんだけ死ぬほどやってきたのだから何処かしら成長してない方がおかしい。僕は心が少しだけ晴れた。
ただ僕はこの高校で選手として選ばれることは一度もなかった。常に部内戦でのランキングは同期の中でずっと最下位だった。ずっと最下位のまま、引退を迎えた。ポジションはA〜EまであるチームのDチームの中堅であった。中学時代の雪辱を晴らした試合もDチームとして出場した時に当たった他校のAチームとの練習試合だった。レベルがあまりにも違いすぎた。
僕は強くなりたい思いであの高校の剣道部に入った。目標は果たして達せられたのだろうか?僕は達せられなかったように思えて仕方がない。雪辱は晴らせた。晴れた先の僕は喜んではいなかった。だってあの時地区大会で優勝しぶいぶい言わせてた彼は高校では本格的に剣道することはせず、普通の練習量で剣道を続けていたんだろうから。僕は毎朝5時に起きて寝ながらバスに乗って行き21時くらいに帰宅。こんな生活してたら単純に体力が違うし、勝負にならない。
僕の強さの比較はもう中学時代、僕を哀れんだきた彼らなんかではなく、部内の強者たちや全国の化け物たちの方へ向けられていた。
幼少期から剣道に慣れ親しんでずっと厳しい稽古を続けてきたであろう状態での入部と、中学から初めた雑魚状態のやつの入部。僕は全国レベルのこの高校に入ってすぐに、前者である彼らを超えたいと思うようになっていた。超えられるよう、部活を続けていた。
結局こえられなかった。
原因は色々だろう。そもそも才能がなかったのかもしれないし、「才能がないなら努力しろ」という意見もあるだろうけれど、人一倍努力したのかと言われたらそうでもない。僕は高校の部活の練習で手一杯で、部活の練習の+αをすることをしなかった。部活のない休みの日に素振りすることだって出来たのだが、僕はしなかった。きついとはいえ慣れもある。慣れてしまって向上心が止まってしまったのだろうか。なんだか色々と考えられるのだが越えることができなかったのは事実なのだ。
親や同期が、「続けることが凄い」「頑張った」と褒めてくれることがある。僕はそれを聞くたびに泣きたくなる。嬉しい涙ではない。悔し涙だ。周りから見て僕は、頑張っていたのだという。そんなことは言われたくなかった。それは本気で頑張ったのに僕は超えたいと思っていた壁を越えることができなかったということなのだ。そんな現実を知ることになるから僕は悔しかったのだった。だから僕は今も、出来なかったものに対して諦めたフリをしている。才能がなかったと認めたくない。僕が絶対にできないことだと思いたくないんだ。
今日は同期の男優と飲みをしていた。
「Qさんこの仕事向いてないんじゃない?」
と言われた。
僕は笑いでごまかし、それを言った彼の脇腹をど突いた。結構強めなドツキを割と何回かしていた。
「Qさんのためにいってるんですよ!いや、真面目に!」
僕はもう聞く耳すら持っていなかった。
帰宅後、そのことを女に愚痴った。気持ちだけは和らぐだろうと思った。女は愚痴に共感してくれた。だが、何か納得がいかない。それもそのはず、無関係な彼女に甘えたところで根本的な解決にはなりゃしない。愚痴なんて吐いたところで解決策が思い浮かぶ筈もない。感情が抑えられて問題を先送りにするだけの論理的には無駄な行為だ。そんなようなことを、女に話しながら思っていた。
「これ一本でやってこうって思っているの?」
ふいにそう言われ、僕は困惑した。
「Qちゃん身体は健康なんだからさ、だめだったら、普通の仕事したりできるんじゃない?」
「無理。俺にはできない」
無理に決まってる。AV男優の夢、目標を叶えていないんだから。ありえない選択肢だ。
「無理なことなんてないよ。教育系の仕事してたんでしょ?全然戻れるって。」
僕はよくわからなかった。女が寝た後、僕は何回か、寝ている彼女が気がついてしまうのではと危惧してしまうくらい大きなためイキをついていた。怒りと悔しさと悲しみがふつふつと湧いてきていることに気がついた。今すぐ起こして
「それは『オレノタメ』を思って発言してくれているの?」
と問い詰めてしまいたい気持ちに晒されていた。なんだか面倒になってきてしまったので僕はまたため息をつくだけにとどめておいた。
「君には向いてないよ」
「別の仕事探したら?」
これらがオレノタメの発言だったのならこれほど悲しいものはないだろう。僕はトップ男優を目指している。上を目指してる人間にそんなこと言うのはどういう神経しているんだ、と思えてならない。これは本当に僕のためにいっているのだろうか。僕は性格が悪いからすぐにこういった発言について「それはオレノタメではなくて、本当はお前らのためにいっているんだろう。クソが」と、直情的になってしまう。口では言わないから直情的ではないのかもしれない。
ただ彼ら彼女らのそういった、人のための言葉は今の僕を客観的な視線にさせるよう誘導してくれる。
今の僕は、まさに過去、強くなろうと足掻き続けた雑魚部員、そのものだ。客観的にみたらすぐわかることだ。僕は無能で、不器用であるということはすぐに。『向いてない』誰が見ても一目瞭然なそれなのかもしれない。
僕は唯一、泣いた漫画がある。普通、映画でもドラマでも泣きはしないんだが、唯一泣かされたのが漫画だった。当時コンビニの立ち読みでみたものだった。新連載のこの漫画のこれを見て、立ち読みしながら涙が出そうになったので僕はジャンプを元に戻し、トイレに駆け込み、鼻をかんでいた。
(僕のヒーローアカデミア 1巻 第1話)
僕は誰かに言われたいのかもしれない。そんな「言ってくれる」人はいない。いなかったのだ。だから一人でいい。負けない体になれればそれでいい。