守する破する離れる。その3
- 2015/06/29
- 22:54
「初詣行ってきたよ」
「ほー、俺も行ってきたで。余裕で大吉。そっちは?」
「二人で大吉だった」
二人?引っかかる。誰か友達と行ってきたのか。私はいつものようにふざけた口調で探りを入れる。
「なにー、二人って、珍しいな。オスか、オスか笑」
「うん」
あれ。
声のトーンが何か変だ。
落ち込んだ音だ。引っかかる。
「おーおー、遊びますなーオネーサン笑 でーなになに、二人して恋人できますようにってお祈りしとったんか笑」
「いや、それはしない笑」
「なんでさ」
「だって彼氏だもん」
プツンと、頭の中で何か切れる音。早まる動悸。乱れる吐息。だが私は必死にその切れたものを繋げようとしていた。何故だろうその時はただただ平静を装いたかったのだ。
「ふーん」
ただどんな相手なのか、気になってしまっていた。
その彼氏は私も以前話に聞いていた人だった。彼女が元々憧れていた先輩。東京に出稼ぎに出ていたがこの冬、偶々帰省していたらしい。
「一応俺も告白したんですがねえー」
平静を装いたいのにそんな事を口にしていた。動揺がばれてしまうんじゃないかと思った。いや、バレているかもしれない。一緒に関わった時間が長い彼女だったら私の動揺なんて目に見えてしまっているかもしれない。そうだとしても、例え無駄なあがきだとしても、格好の悪い事だとしても、必死でそれを隠そうと努めていた。彼女にそれをカッコ悪いことをする事で隠そうと必死になってしまっている自分を知ってもらいたかったのかもしれない。
「君は」
彼女が間を置き続ける。
「手をつけるのが早すぎたんだよ」
「彼は、私が答えを出すのを待ってくれる。」
「君は、待ってくれなかった」
そう、優しく私に告げた。
私は失恋したのだった。
「そうかい」
頭の中にあったものが喪失していくような感覚。彼女とのネットでの出会い、会話した内容、彼女の思考や経歴、初めて会って契約を交わし合った時のあの三日間、声、笑顔、体。私が彼女に抱いていた思いや、彼女と関わってきた記憶が、白く、真っ白くなっていく。決してそれらがなくなるわけじゃない。失恋という真っ白な事実が、私の頭の中にあるこれら色付いていた絵に上から濃い白色で塗り埋めていく感覚。塗り埋められてしまったその部分は確かにそこにはあるのだけれどもう読み取り思い起こす事ができない。でも喪失していきながらも、言葉だけはスラスラ出ていたという事だけは憶えている。それを行っていたのは私が心を鬼にすると決めた時にかぶった黒い仮面によるところで、白く塗り潰されず残った私という人間はこの黒い仮面だけという事を知るには少しばかり時間がかかった。
相槌と冗談を盛り込んだ会話。心ここに在らずとはよく言ったもので、まるで機械になったかのように口を動かし続けていた。だが彼女のいっていた言葉はよく聞こえていた。
「嫉妬しないんだね。」
そう彼女が言う。
なんて答えたか、勿論憶えていない。だが、この言葉の後に発した私の言葉は少しばかり乱暴なものとなっていたと思う。それは真っ白になったキャンバスの隅にわずかに残った私の色をわざわざ細いペンを使ってまで塗り埋めていくかのようなものであったから。
黒い仮面は笑った。完全なポーカーフェースを手に入れたと。自らも騙し誰にも見抜く事のできない機械的表情を手に入れたと。
白いキャンパスは欲した。新しい絵を。これからはもっと美しい絵を、美しい女の絵を沢山沢山描いていけと。
だが、やはり人間完全なものはないようで、実はまだ僅かに残っていた私の色が、顔にまだ完全に付ききっていなかったらしい仮面の隙間から漏れて涙となった。
彼女はようやっと
「君今嫉妬してるよ」
と言った。
不思議な事にそれからというもの、彼女とのやりとりは以前よりも増す事となった。私は彼女の二番目の男で落ち着く形となった。それが私にとって一番居心地が良い。元々遠距離だ。契約欲の強い私は「契約嫌い」な彼女だけでは生きていく事はできない。自由に営業が出来るし、彼女とも関係を続けられる。これはまず私自身の愛への気持ちが軽減した事によるかもしれない。
やりとりを増す原因は実は彼女にもあったようで、今彼と全く会えず連絡も全然来ないということらしかった。自称かまってちゃんのようで常に寂しい思いをしているのだそうだ。私はいわゆる軽い浮気相手のようなものだった。まあ最も、彼女にとって、私は換えの効く存在であっただろうが。その時はそんな仮の現実も気にしないようにしていた。
ああだこうだで彼女とは2年の付き合いとなった。ネットでの出会いでここまで深い仲になるのも珍しい。喧嘩もよくしていた。もう彼女に考えを合わせるつもりもなくなって、意見の衝突がよく起こすようになった。その度彼女はないたり電話切ったり、でも大抵いつの間にか仲が治っている。恋人の真似事をしていたような気がした。そんな事をする度に「好き」なんて言葉は出せなくなっていた。
正月の失恋から5ヶ月が経った時だった。
「君には伝えておかなきゃと思って」
そうラインに通知が来ていて大量の画像が送られてきていた。
彼女は彼氏と別れたらしい。
そのやりとりのスクショの画像であった。
どうやら寂しさは本物だったらしく、彼女の方から別れを告げてきていたという。
「私のこと好きな人に好きになれたらいいのにな」
俺と付き合え
とはなぜか言えず、
「んじゃ、俺の事好きになれば?」
代理の言葉をさらっと言ってみる。
今回のもいつものように冗談だった。
冗談にしたかった。
「じゃあ私を好きにさせて」
彼女は笑って私に告げた。
好きじゃないんかい!笑 とか、なんやその上から目線は!笑 など色々あったろう。だがその咄嗟の事にいざ直面すると私は返す言葉が見つからなかった。
白かった頭の中のキャンパスがいつの間にかあの仮面のように真っ黒になっていた事に気がついた。
それから私は不機嫌になっていた。
理由はよくわからない。
彼女に対して苛立っていた。
付き合いたい、そう思っていたのだが。何故彼女が彼氏と別れて苛立ちを隠せなくない程に苛立っていたのだろう。その夜はほんの些細な事に言いがかりをつけて喧嘩をふっかけていた。いつもの喧嘩みたいに笑って仲直り出来る気がしなかった。彼女の意見がまるで体に入ってこなかった。向こうもそれに気がついたのだろうか。電話をぶつぎると
「さよならだね」
そう文字で伝えてきた。
そうだね、と素早く打ち込み送信ボタンを押そうと親指を宙に置く。
押せない。
彼女が送ってきたその文字と私が送ろうとしているその文字をもう一度見返す。
その文字を見た刹那、私のみぞおちあたりをナイフで突き刺されたかのような衝撃が走った。そのナイフは肋と内臓を突き抜け、背骨にふれるとそこを逆なでするようにしながら刺激を与える。真っ黒く厚塗りにされた頭の中にいるキャンバスは、額縁ごとグジャグジャに切り刻まれていた。
デリートキーを連打して新たに文字を打ち込んだ。
「五分でだけ、電話をかけさせてくれ」
彼女の言っている言葉を無視してメッセージを送る。1分も経たぬうちに電話の通信ボタンを押していた。ワンコールもならず彼女は電話を取った。
そこで私はある願いを告げる。しばららく距離を置かせてくれ。少しお前の事を考える時間が欲しい、と。私は一方的にそれを告げ、何か言いたげな彼女に何回か丁寧に状況やこれから私がしようと考えている事を噛み砕いて説明しながら、了解を得た後、電話を切った。切り際に彼女が何か言っていたが聞こえなかった。
守破離1〜3、終わり。私がオンリーワン症候群になったとある女の子の話でした。気持ちに整理をつけたくて書きました。来月その彼女に会う約束をしていますが、会って何するのか、よくわからない。告白なのか契約なのか、それとも何かを伝えるのか否か。気持ちトランスにしたまま、オンリーワンなその子に会ってきます。何をすべきか、彼女を見たまんま感じた事を言い放とうとおもいます。
ひどい事をしてこっぴどく振られ、南の島で海営業なんてしちゃわない事を祈る笑