【納涼船講習2日目①】 最後の戦場、終わりの始まりの船地
- 2015/09/20
- 23:09
朝は恐ろしいほどに雨が降っていた。
ストはせず、ずっと都内のスタバでぼーっとしていた。ぼーっとしながら1日の出来事を思い出せる限りiPadのメモに書き記した。
1日目を憧れの営業師である流星氏と公家シンジ氏の両者の施しを受け、更には実力、キャリア関係なしに常に上を目指し続けている講習生の仲間と出会った。いろんな女の子と会い、バンゲし、和み、トークした。結果はなかったが楽しい充実した時間だった。非日常体験をエンジョイした、というやつだろうか。
前夜、メンバーが別々に解散する状況の中、三日連続講習を受けた喉を潰してしまい声が出ないのにも関わらず全力で戦っていきったH氏には
「最終日のチームリーダーを任されたわけだし、明日は是非頑張って欲しい。」
とアドバイスも交えて、私にこの講習の全てにまつわる何かを託すように、かすれた声で告げてくれた。
「任せてください」
何かを受け継いだように感じた私は手を自然と出していた。彼もまたほぼ同時に手を差し伸べてくれ、私達は最後硬い握手をして解散した。
17:30着浜松町、納涼船乗り場にて軽く声掛けをしていく。船の上に乗っていないとストとあまり変わらない反応の仕方だ。ガンシカ、拒絶体制、ハイハイガール。だがこの場の雰囲気全体、来ている層を見て、私は確信した。今日はやれる日だと。今日は結果を出さねばならない日だと。だからやってやる、最終日である今日のこの納涼船講習の花を飾ってやる、そう心に誓ったのだ。流星さんも私が思っていたことと似たようなことを言葉にしてくれた。
「今日は昨日と比べてタゲが多い。」
シンジさんは昨日より言葉数が少なくなっていた。と言うより初日の子(私以外の3人の講習生)に向けての納涼船内の大まかな立ち回りの解説は一言も喋っていなかった。一人、全く別のことを考えているように思える。このときの私にはまだわからなかった。わからなかったというよりは即をするということ以外を考える余地がなかった。
集合場所のカフェの隅では流星さんの言葉の宝具だけが延々と飛び出し続けている。今日のカフェは前日と比べ人も多く、ぎゅうぎゅうに詰めて椅子に座りざるを得なかったにもかかわらず、何故か隙間が多く感じられる。6人の我々がこれだけ多くいるのに誰もそこにはいない空き部屋のような空間に感じた。その得体の知れない空間に、私のついたかつかなかったかわからないような相槌や今日の私の相方であるA君(1日目とは別の子)の上部だけの笑い声はかき消され押しつぶされてしまっているようだった。私たち二人は「お笑い芸人チーム」と流星さんに命名された。『売れない』の余分な付加価値がつくタイプのお笑い芸人だろう、と私は感じていたが流星氏はそんなものなんぞつけることすらなく次の話題に話を投げ進めていた。
この空気を作っていたのは「人見知りチーム」と流星氏に題された別の二人のもつ『受け身の姿勢』が発している所だということがわかった。彼らのせいではない。彼らのその空気に私も同化し、私自身もが、内に秘めている受け身の人格に囚われてしまったのが諸悪の根源なのだと確信した。A君もその雰囲気に飲まれてしまっているのだろうか。段々と笑うタイミングが噛み合わなくなって、ついに笑わなくなってしまった。私はこの空気をみんなまとめてなんとしてでもひっくり返し、自分含めみんな一即をせねばいけない、と、流星さんの言葉の宝具をフルバーストで受けながらもニコニコと頷いている一人を見て、そう滾らせていた。彼は高石さんに憧れている人なのかなとその時はふと思った。
私は流星さんから前売りチケットを預かり、入場券を取りに行く。乗船入り口の付近、待合所はいつの間にか人がごっちゃごちゃに入っていた。団子ヘアがとても似合う浴衣の女の子二人組を見て声をかけたくなる衝動に駆られたが、今は違う。ダッシュでチケットを取りに行き、戻ってきた時には講習生のみんなは荷物を預けに行っており、流星さんとシンジさんしかテーブルにいなかった。何か二人で話していたのが気になった。
19:00 乗船。
流星さんが船の入り口付近でチケットを置いてきたことに気がつく。入れない。ちょっとした笑いで気が楽になったような気がした。先に我々五人が入っていく。
薄暗く、しかし青紫にあたりは煌々と照らされ、非常に騒がしいく感じる音、満員電車ではなく歩けるほどの隙間はあるが何故か圧迫するほどの人数に感じる人の数。一瞬その圧倒に怖気付きそうになるが、そこを歩き進めるたびに次第に体に馴染んでいく。シンジさんは、船の上での集合場所であるバーカウンターまで講習生の我々をところまで連れて行ってくれて前半の流星さんグループを含む全員に「1時間経ったらここに集合するように」と説明をした。
相方のA君は体がこわばっているように見えた。そしてまだ雰囲気に慣れていないのか、敬語で私に話しかけてくる。そんなA君に私は
「敬語は禁止で、俺もガンガンタメ語で振っていくから」
A君はほんとうは嫌なのに清水の舞台から飛び降りる覚悟を決めたように。
「わかった」
と言ってくれた。
飛び降りたのだろうか。わからない。だが彼が何か踏み出したのはわかった。
何故年上の彼に高圧的に馴れ馴れしく告げたのだろうか。人に落ち着けというのは自分が落ち着きたいからというものの裏返しである。ということはあの時の私は余裕がまるでなかったのだろう。
シンジさんがそんな私たち二人に急にギャルみたいな明るいテンションで話しかけてくる。
「君たちいくつー?」
私たちはそれぞれに同じ数字を告げる。
「26」
「どこから来たのー?」
「俺は埼玉」「○○」
「何つながりー?」
「大学の同級生だよ。久々に会おうぜって。そっt」
「大丈夫そうだね」
設定確認の受け答え模擬練習はシンジさんの笑顔でスパッと終わった。頭の中のスイッチもスパッと切り替わるような感覚があった。
「よし、行くか」
最後の納涼船講習がスタートした。
三人でサーチしながら三人組や二人組に声をかけていく。
シンジさんが先にターゲットに到達し、私が会話を始めて段々と三人に擬似セパレートしていった。ストとは異なる。すぐにオープンし和み始める。
納涼船のメインとなる和みでは、前日に流星さんとシンジさんに早急な見極めが大切だと伺った。だから会話の中に今日の目的は男に営業されるためというものがあるのか、降りた後は我々と飲みに来けるか否かの確認が取れるか、しっかり確認しなけらばならない。たわいもない会話は全て取りやめ、その場で思いついた変な質問やライン打診、持ち物いじりを含めて和んで行った。営業として回転数をとにかくあげる。
また別の三人組の女の子に声をかける。
「こんばんわ」
女の子たちはちょっと驚きながらこっちを見る。私たちは笑顔を返す。それを見て彼女たちも嬉しそうな顔をする。そして
「こんばんわ」
と返す。
「今日は何しに来たの?そんな綺麗な浴衣まで揃えて」
会話を繋げていく、というよりは下へ下へ会話の海の中へ潜っていくような、そんな感覚があった。面白おかしくツッコミを入れてみたり、まるで聞いていないかのように「え?ナンパされに来たんだ!すげーチャラいじゃん!」と乗ってみたり。いろんな和み方をした気がする。今思えば、自分のテンションを上げなくてはという義務感によって加速された対応だった気がする。独りでにテンションを上げていたせいであまり女の子たちの顔を思い出せない。女の子を見ながら話していなかった。それでも、この場にいることが楽しかった。
バーカウンターにて二人組を見つける。私服。
革ジャンを肩にかけたヒールの子と、黒いドレスを見に纏った子。
シンジさんが
「かんぱ〜い」といって近づいていく。
「はーい、イェーイ!」
革ジャンが私達と乾杯する。
黒いドレス子も続けて乾杯。どうやらこの子はこういった営業されまくる場所に慣れていないように感じた。シンジさんが革ジャン子、A君がドレス子、私がどっちつかずにトークをした。
「上に行こう、綺麗だよ」
シンジさんが私たちを誘導する。ナイスシンジパス。シンジさんはいつも最高のピックアップを見せてくれながら同時に私達を引き立ててくれる。感謝感謝で被ってもない帽子を脱帽するしかなかった。
甲板。
「こっちこっち、空気読めよ革ジャン」
「革ジャンてw」
A君は黒ドレスと夜景を見ながら話している。うまくやれているだろうか。
革ジャンを二人でいじりながらシンジさんはこっそり私に耳打ちする。
「革ジャンはいけるぞ」
「ですね、A君はどうだろ」
「わからん」
まだ前半だ。
彼女たちの反応は悪くない。下船後の候補になりうる。
バンゲをし、船降りたらねとこの二人と別れた。
シンジさんは相変わらずこの場で何かを教える、ということはしなかった。だからその行動一つ一つに目がいった。静かに女の子のグループに入っては無言で乾杯したり、別の子には急に肩を組みだした思ったらスマホのインカメラでツーショットを撮り、「送るからライン教えて」とか、「その写真欲しいからラインで送って」とか、もうそんなもの全然関係なくどーもぉーって声で静かに入ったりだとか。シンジさん自身のテンション自体は高くなかった。シンジさんも言うように短髪私服のシンジさんはぱっと見ただのおっさんである。そこでの食いつきはない。
でもいつの間にか手を握っているのだ。いつの間にかライン交換している。女の子も、自然にそれに応じている。ほんとうにいつの間にか、すっと目的を果たしていた。これはシンジさんが持っている営業技術を確実に行使してできた結果なのか、それともシンジさん自身が女性を引きつけるなにかの魅力からなのか。両方あるわけなのだが、私にはどちらも持っていなかった。少なくともウン年ウン即と重ねてきた歳月が成せる結果であるとわかった。「三代目風セット」にデコを上げた私の髪の毛をただただ脱帽したくてしょうがなかった。
時間はあっという間に過ぎていく。
話しかけ、擬似セパレートのテンプレートを続けていく。A君はまたいい感じの子を見つけ和み始めた。すごいな。シンジさんと二人組になった。今度はシンジさんと二人で二人組を捕まえていくことになった。
船の屋上で、派手な浴衣を着ている二人を見つけた。特別可愛くはない。ただ営業を受けるために来ている、開かれた状態の女だなとはすぐにわかった。
「即系だ」
アイコンタクトもぜずに私たち二人は彼女達に近づいていった。短時間だが私はシンジさんと随分長い時間共にしている。シンジさんがまだまだ不慣れな私にサポート、フォローをしてくれたお陰で今この場にいる営業師の中では一番のコンビなのではないかと、その時ばかりは錯覚した。理想のコンビになれるよう、私も精一杯努めた。
「かんぱ〜い」
シンジさんか私だったか、どちらが切り出したかわからない。いつの間にか彼女たちと会話していた。シンジさんが真っ赤に派手な浴衣子、私が真っ白にキラキラした浴衣子を担当する。
シンジさんは言う。
「君達、今日何人目のナンパ?」
「えー?初めてだよ?笑」
白い子が答える。赤の子はツボが浅い子なのか、常に笑こけている。
「ってことは俺らが一番ってこと?」
赤の子は爆笑していた。
白い子は
「まー、そうなるかな笑」
雨が降ってきた。
私たちは船内に戻ることにした。
途中シンジさんがまた耳打ちする。
「ちょっとトイレ行ってくる、この二人任せた」
「了解です」
逆3でシンジさんが帰ってくるまで派手な二人と和み続けた。
思いの外長い時間和むことが出来る。悪くないのだが…
(おかしい…)
シンジさんが帰ってこない。
時計を見る。
(8時…15分?!マズイ…!)
後半の時間だ!
流星さんチームと交代だ!つい盲目になっていて、周りが見えなくなっていた。急いで戻らねば。
「友達に呼ばれてた。すまん、また後でな!…あ、ライン教えて」
「お前何やってたんだ!」
流星さんとはすぐに合流できた。出会い頭にすぐさま発せられる言葉の宝具が私の心臓を一突いた。
「すみません!シンジさんとはぐれてしまって、案件一人で和んでいました!」
流星さんの言葉はいつも厳しい。現実を確実に正確に乱暴な言葉で私達に投げてくる。いつも効果は抜群だ。人によってはこれは泣いてしまう物ではないかと思ってしまう程だ。
だがこれは怒りではない。流星さんは人の悪い所をもうこれ以上攻め立てることをしない。慰めることもしない。それはきっと、この乱暴な現実の言葉こそが我々に必要であると知っているからだろう。私は乱暴なその言葉の数々を高貴な物に感じていた。
「こっちだ。決めるぞ」
いつまでも引きずってはいられない。
すぐに切り替える。
「はい!」
流星さんは人間ではない。『ナンパを人に教えるため』に人を辞めている。なぜ人間ではないのか。感情を体の中で作らないからだ。人との関わり合いにおいて、常に正しいことしか言おうとしないからだ。人間は感情的になったり、間違ったことをしたりする。だが流星さんは自分自身にそれを良しとしない。そもそもそんな感情的で間違いな行動という概念がないのかもしれない。営業を教えるものとして、常に正しくあろうとしている。空気を読んで拒否されるのではないかと相手を傷つけるのではないかというは常に把握しているのだろう。だがあえてそれらを口にする。思いっきり凹む現実を突きつけてくる。2ちゃんねるからの批判等も考えられるのに堂々とそれを口にする。だがそれ以上はない。ネチネチと掘り下げることも、自身が堀下がることも絶対にない。教え子が変わるまで同じ言葉を投げかけ続けてくれるし、他からくる言葉も真摯に受け止めるが反論しない。
わからない人に教えるとき、言葉の表現を変えずに「察しろ」ということは言わない。察せられない子には別の言葉で、その子が自力で確実に変わるまでしっかりと見続けて声を投げかけ続けてくれる。そしてふとした時に褒めの言葉をかけるのだ。流星道場生が皆、流星さんは優しいと口々にするのはそういったところからくるのだろう。だが、流星さんは口の悪いヤクザでも実は優しいツンデレ男でもない。最高の営業の教師なのだ。人間に営業を教えるための存在だ。だから人間ではない。流星さんは言葉を常に発し続けている教師だ。
私も種類は違えど人にものを教える立場のものだ。教師とは人外であると信じているのは私だけなのだろうか。少なくとも流星さんの教師像は私の抱くそれと一致した。流星さんの小さくとも大きな逞しい背中を二日間の間で可能な限り目に焼き付けてた。
言葉の宝物庫である流星さんでも言葉を発しない瞬間がある。その時、ようやく「あぁ流星さんも人間なんだな」と気がつく。そう人間さを流星さんから感じる時、なんだか思いつめたような、寂しいような、そんな顔をしている。教師の道を求道する人間の流星さんは、どんな人であるのか、今夜私は残念ながら知ることはないだろう。
残念なことに二日目は流星さんと営業をする時間はほぼなかった。合流はしたものの、流星さんは別の子のヘルプにすぐに行ってしまい、私はまた1人になってしまった。納涼船は時間との勝負だ。団体戦ゆえ、チームワークが成功の要となる。私は時間を見ることを忘れてしまったせいでもしかしたら講師陣の2人にとんでもないミスを作ってしまったかもしれないと思った。自己嫌悪がぽつと芽生え、心が狭まくなっていく。
いいや、今はそれどころではない。反省は後だ。ここは戦場だ。後悔は後でしまくればいい。1人でやろうがなんの問題はない。私には前日の経験もある。アドバイスもすでに頂いている。それら二つが後押しし、歩を進めさせた。
「よぉ。3年ぶり」
「えっw」
私は船上に群れる開かれた女たちの元へ声をかけ続けていく。気がついたら女の子たちからのラインの未読数は20を超えていた。いつの間にか船は進行を止めていた。
今目の前にいる、彼氏今いないというその子の手を繋ぎ、下船した。
②へ続く。