【納涼船講習2日目②】下船、困惑、闇の囚わり
- 2015/09/21
- 02:59
私は下船後三度選択を見誤る。
メガネをかけたスト値2の私服の女の子。手をつなぎながら船の階段を下りていく。
友達が、友達がと言っているが握った手は離れることはない。
はっきりと見開かれていたはずの綺麗な目が、アルコールでか、疲れでか、それともこの後起こるであろう何かへの期待か、緊張を解いてトロンとしている。
「連絡はないの?」
「うん。まだ未読」
「俺たちみたいに他の男と手を繋いで歩いてるのかもよ、邪魔しちゃダメだよ」
「うーん」
そう言いながら外へ出る。声のトーンがお互いに落ち着いてくる。悪くはない流れだ。
「そこ、座るとこがあるよ、ちょっと寄ってこう」
「うん」
黙って付いてくる彼女、その時だった。
「リカ!」
正面から、大きな声をあげて私たちの方に叫ぶ人がいた。
この子のツレのようだった。
そのツレに呼ばれた私と繋いでいた手は一瞬にして離れ、カツカツカツとヒールの音を立てながら正面へかけていく。
私は選択に迫られた。
[この案件、どうするか。]
選択肢
⒈メガネ子の食いつきは悪くない、だから一人でトークをしラインで援護を求める。
⒉諦めて残党狩り。
その時、一度見た女が一人、私の眼の前を横切るのを見かけた。その女は私に気が付いていない。
選択肢が確定された。
私は…⒉を選択。手を握り合っている二人の女たちからくるっと背を向けて走り出した。
革ジャンを掛けている肩にポンと手を置く。
「よ。寂しそうだな」
革ジャンが振り返る。
「わっ!あっ、うそ…qbだ!wもう会えないかと思ってたw」
「運命級だなこれw 相方どこ行ったよ」
「Aと二人でどっかいった」
「寂しいじゃんお前wドンマーイ」
「うるさーい!w」
「俺らもどっか行くか」
「そーね」
彼女から手を繋いできた。
なんと…!まさかの革ジャンから食いつきがあったとは。
「あそこ行ってみない?」
革ジャンはベンチの方を指す。
圧倒的食いつき。勝った…!
と、その前に選択肢が現れた。
[己の膀胱がやばい漏れそう、どうするか。]
選択肢
⒈我慢する。
⒉漏らす。
⒊「ロマンチックとか緊張する、その前にトイレいかせろ」
「オイ…」
「ん?」
「ろ、ロマンチックとか緊張する、その前にトイレいかせろ」
「ww」
階段を下りつつ、革ジャンの荷物をもらっていく。
「はいお嬢様、傘をお持ちしますよ」
「なんなんそれww」
そう言いながら笑顔で私に傘を渡してきた。
トイレに到着する。
私は傘を持ちながら、トイレに駆け込んだ。
「ちょっとー、傘かえしてー」
「待ってろって、帰ってきたらかえす」
トイレがすみ、トイレの前に立つ彼女の革ジャンにまた手をポンとおく。
「お待たせ。」
振り向いた彼女は何やら不機嫌そうだった。
タコみたいに唇を突き出し、腕を組みながら何か片手に持っていた。
くそ…なんでいいタイミングで膀胱がくそっ天然…!
そう奥歯を歯軋りすることで感情を食い止めている間にまた次の選択肢が現れた。
「ねぇこのビール、トイレに捨ててきていい?」
[彼女が片手に持っていたのはビールの入った紙コップ、どうするか。]
⒈「いいよ、はよ捨ててこい」
⒉「ここで飲みな」
私は⒈を選択した。
この時気づかなかった。
選択肢⒊があることに…
彼女はトイレに入る。
入ったその後だった。
「どう?そっちは」
A君だ!
「さっきの革ジャンのトイレ待ち。そっちは黒ドレス?」
「うん。こっちもトイレ待ち」
「どうする?4人にして一度居酒屋を挟むか?A君はそのままドレスとホテル行ってもらいたいのが本音だけど」
困った、これは革ジャンと黒ドレスがトイレ内で合流してしまっている可能性がある。
「とりあえずトイレ行ってきな、もしかしたら黒ドレスと革ジャン二人で作戦会議してるかもだから出てくるの長引くぞ。」
「わかった。」A君はダッシュして戻った。
私は革ジャン、そして黒ドレスが出てくるのをまった。
しかし遅い。5分、10分たっても出てこない。
ビールを捨てるだけだろう。流し捨てるのにそんなに時間はかからないはずだ…
この時にふと先の選択肢が頭に思い浮かぶ。あそこの選択肢は二つではなかった。選択肢⒊があったのを今気がついた!
⒊ビールを奪い、黙って飲み干し、連れ出す。
(ヤラカシタ…)
自分の冷静さのかいていた行動、それと革ジャンがいつまでもトイレから出てこないのにイライラが重なっていく。冷静な思考判断ができなくなっていく。悪い方へ悪い方へ思考が偏ってしまっていることにこの時の自分は知る由もない。
(まさか…逃げられたか…?)
そんな疑心まで湧いてきてしまった。そしてこの疑心が更にイライラを募らせて行った。
「戻ったよ、どうする?」
A君が帰ってくる。
落ち着け、落ち着け、落ち着け…
「ラインを見て指示を仰ぐぞ。」
私は自分に言い聞かせるように開けた浴衣の胸元からiPadを取り出した。
通知がたくさん来ていた。我々流公組のグルチャと、戦場で交換した女の子たちからのだ。素早く流公組のグルチャにアクセスする。
(ヤバイ…連絡こまめにしてねぇせいでヤバイことになってる…!)
流星さんやシンジさんからの応答を願う通知が何件も来ていた。
iPadゆえ、バイブなし、取り出しも難しい、故に戦場にいる間ラインのグループに一度もアクセスをしていなかった。
「納涼船は団体戦だよ。下船後は特にこまめにライン見てくれよ」
流星さんが乗船前に口すっぱく言っていたことが頭に浮かぶ。私はそれはもう、土下座レベルの過ちを冒していたのだ。船上でも一切連絡をしなかった私に、流星さんの怒りが見て取れる。
(何やってんの俺…!あぁくそっ…クソ野郎!謝らねぇと…謝らねぇと…)
泣いている暇などない、今取るべき行動を今すぐに取るべきだ。しかし、ここに来て私はまたも心が押しつぶされそうになる。(何やってんだ、なんで取り返しのつかない過ちを…)
もっと自分を見ていれば、もっと周りを見ていれば、時計を、ラインを、環境を、女を…視界が狭く要領が悪い、前日に流星さんからそんなことを言われていたのにも関わらず私はまた同じような盲目によって起こるミスをしてしまったのだ。自己嫌悪が私の胸の中からじわーっと広がってゆく。マズイ、どうしようも…
そんな時、グループに新しい通知が来た。シンジさんからだ。
『一人ノリいい奴捕まえた』
『○○前』
『QBこれる?』
選択肢が現れた。
[シンジさんの元に走るか、トイレに待つか、どうするか。]
⒈シンジさんのもとへ
⒉A君とトイレで待つ
(どうすればいい…?)
私は…
某喫茶店前。
「あー、浴衣じゃーん!一足遅かったねw」
息を切らして到着した私にシンジさんと喫茶店の前にいた白い浴衣がそう告げた。
甲板で出会った派手な浴衣の二人組だ。
何がどう一足遅かったのか、もう頭が回っていなくてよくわからなかったが、間に合わなかったのは確かのようだった。即らなくては、そう必死になっていた自分がすーっと冷めていく。まるでとても心地の良い朝の目覚めのように船上での興奮によるトランスが気持ちよく抜けていく。そして新たな私の使命が脳の隅からぽっと芽生えたのがわかった。
「んじゃ三人で飲むか」
シンジさんはその女の肩を抱き、タクシーを捕まえようとする。
「やーだー!wさがす!ミホさがすの!」
友達をとにかく探したがっているようだ。どうやらもう一人の笑上戸の黒浴衣は他の営業師に連れて行かれたらしい。
「おいおいお前、人の恋路を邪魔するきか?そればっかりはねーよ」
私が少し声を荒げる。シンジさんは黙って彼女の手を繋ぐ。
「でも…」
「お前も恋路に入ればいいじゃん、ほら、こっちに…」
「あっ、あんなとこにいたー!」
白浴衣はシンジさんの目を盗んだ隙に手を振りほどき、黒浴衣がいる向こう側へかけて行った。
シンジさんは追いかけはしなかった。
「ダメか…」
もうダメだった。
おそらく白浴衣は黒浴衣を引っ張って帰ろうとするだろう。
たとえ追いかけたとしても白浴衣はもう即れそうにない。
革ジャンを捨てて、さらには革ジャンから預かっていた傘まで捨てて(白浴衣に女物を見られるとマズイと判断、道端に捨ててきた)ここまで来た。過ぎ去ったことを悔やんでもしょうがない。過去の取り返しはつかない。今はもう選択肢を誤ってしまったが自分がやれることやるだけだ。ぽっと脳内で芽生えた私の中の何かが劇薬でも飲まされたかのように急成長していく。伸びていくツル、葉っぱ、次々と開花していく。
ここで選択肢が提示された。
[白浴衣、追う追わない、どうする。]
⒈追って営業の妨げを防ぐ
⒉追わない。
「…」
言わずとも体は動き出していた。
私はもう即れないわかっている。
なら、私は仲間をサポートするのに費やすしかない。
あの芽生えた何かが私の体を囚え支配していた。
私はシンジさんを置いて彼女を追いかけて行った。そして追いつく、黒浴衣は人見知りグループの一人の子といい感じに抱き合っていた。白浴衣はその黒浴衣を引き離し「帰るよ!」と引っ張っていく。戸惑いを隠しきれない黒浴衣。
「待てよ!」
白浴衣を私が引き離す。
そのまま引きずっていく。
「離してよ!」
白浴衣が叫ぶ。
「お前、わかんねーのか!あいつらいい雰囲気だったのをお前、お前のよーわからん都合でぶち壊す気か?!」
私も叫んだ。
「でもミホが」
「ミホがじゃねーだろ!それはお前のミホに対する勝手な嫉妬だ!ミホはあいつといたいんだよ!抱きついてキスしているの見えなかったか?!」
「わかってる…けど…」
「ならお前はミホを連れて行っちゃダメなんだよ、それがミホのためなんだよ、わかる?」
「うん…でも私は帰りたいの!」
「じゃあ帰れ。一人で帰れ」
私は思いつく限りの罵倒をした。
彼女の何かがふっと変わったのがよくわかった。
「ふん!」
彼女はスタスタと歩いて行った。私の言う通り、一人で帰って行った。私もそのまま後ろを向き、サーチングする。道の向こう側で女の子が下を向きながらスタスタ歩いているのを追いかけている男がいた。流公組の乗船前に高石さんタイプかなと思った彼だった。彼はどうやら失敗したようだった。そのとぼとぼと彼女を追いかける姿はとても高石さんタイプには見えなかった。悲しそうな背中だった。
(仲間が…俺が、やらなきゃ…)
私は何かに取り憑かれたかのように彼を追いかけていた。
その時、私を呼ぶ声が聞こえた。
「QB、どうだった?」
シンジさんの声だった。
ハッと気がつく、私は一度歩みを止めた。
私はいつの間にか喫茶店前まで戻ってきていた。
「負けました。」
「そうか、どんな感じだった?」
「あの白浴衣のグダ子は俺がブチ切れさせて先に帰らせました、黒浴衣は彼が何とかうまくやっているかと」
私はシンジさんの顔を見てはいなかった。
そんな私に、シンジさんが優しく声をかけてくれる。
「君は…怒ってたの?」
「彼が即って欲しかったので、いや…もしかしたら本当に怒っていたかもしれませんが」
「今夜は君が主役なんだよ」
私が目も合わせず喋る中、シンジさんは一息ついてから言った。
「えっ…」
私は不意に取られてしまった。
そしてシンジさんの方へ向く。
その丁度、流星さんがやってきた。
「QBか。お前、ちゃんとラインで連絡よこせや」
不意に取られ無防備になった私の胸の中に流星さんにヒト宝具が飛び込んでくる。そこでハッと気がつく。そのヒト宝具は何かに囚われていた私を解放していた。
「す、すみません…!」
私は凄腕二人の前で泣きそうになった。
何でだろう、嬉しくて安心して、もうわけがわからなくなっていた。
負けてしまったのに…嬉しかった。
見えてなかったのが…悲しかった。
「行こうか、反省会だ」
私はシンジさん、流星さんとともにタクシーに乗りこんだ。
③に続く。