【納涼船講習2日目③】儚、鬱、現
- 2015/09/22
- 02:07
タクシーに揺られながら朦朧とする私。そこに流星さんが私に聞く。
「まだ終わっていないだろ。さっきの子のラインは?」
「バンゲ出来ませんでした…」
「そうか」
流星さんはそれ以上は言ってはこなかった。私がその先の言葉はなんであるのか、もうわかっているという事を流星さんは察知していたのだろうか。私の予想だにしていた言葉はもう出てこなかった。自分が不甲斐なさすぎて流星さんの顔を直視できなかった。
一方シンジさんはA君に個別に連絡を取ろうとしている。しかし連絡がつかない。
「んんー!出ない!なんで出ないんだよ…」
身悶えるシンジさん。
何度もラインを飛ばしている姿から怒りの感情が少しだけ感じられる。
「今日は連絡の取り合いがうまくいかなかったね。納涼船は団体戦だってのに」
流星さんがそっと呟く。
「はい…」
ただ私はタクシーと流星さんの言葉に身を委ねるだけであった。
揺れが体全身に伝わってゆく。その揺れが私に纏っていた興奮したトランスを一枚、そしてまた一枚とボロボロと剥がしてゆく。高まっていた感情、強く定めた目的意識がゆっくりと内から抜けていくのがわかる。ドギマギヨロヨロした運転のドライバーのスピードにそのまま流されてなくなっていく。もう終わりなのだと知った私は、静寂でもぬけの殻となった。放心状態で、一周回って変性意識。自分がない。いつも一人で、自慰するかの如く日々生産してきていた鬱とは全く異なるタイプの感覚だった。体が透明で、高石さんの本を読み終わった後の感覚に似ていた。
有楽町駅。
タクシーから降りて反省する店を探す。
行く途中でシンジさんが急に
「あぁ!流星さんー!セックスしたいよぉ〜w」
と地団駄を踏み出した。
そう、シンジさんは曰く、この納涼船講習の5日間、ずっと坊主だったらしい。疲労困憊、講習生の運用、追われるトラブル処理、そして度々やってくる納涼船鬱。これでは溜まりに溜まり、行き場に困っている疲れマラも、シンジさんの体内を悪戯に右往左往し、どうしようもない状態にさせてしまっていたのだろう。私なんかよりシンジさんの方がよっぽど蛻の殻をしていたのだ。私はそんなシンジさんに乗っかり流星さんに同じ事を言っていた。
流星さんは笑って
「勝手にしてくださいw」
と言っていた。そんなこんなをしながら焼肉屋へ足を運ぶ。
「俺らここでいいよね?え?奥のテーブル?ちょっとまって、そこすっげーくさいんだけど?!なんで?!こっち空いてるんだからさ別に使ってもいいよね?」
流星さんの言葉の宝具は焼肉屋のおばちゃんにも直撃。
「だ、大丈夫です、大丈夫です…」
おばちゃん困惑。
そりゃそうだ。
オラオラだもんこの絡みは。
そして席に着く。
流星さんはトイレに行った。
シンジさんはまだA君と連絡を取っていた。まだ繋がらないらしい。
「繋がった」
シンジさんが電話を始める。
そして切り、私に告げた。
「A君が逆3してるらしい。」
「革ジャン娘だって。行く?」
空っぽの自分の中に差し込む一筋の光。
それは感情目的意識を再構築させ私を行動に移す。
「はい!行きましょう!」
ちょうど流星さんも戻ってくる。
「ん?どうした?繋がったか?」
「繋がりました。これからまた浜松町戻ります」
シンジさんがいう。
「おうおう、いってら。じゃあここ出るか」
「まじすかwさっき入ったばっかりw」
私とシンジさんはドタバタと、席を立ち、流星さんはおばちゃんたちに適当な理由を伝えて我々を店から逃がしてくれる。嵐のように入店、何も頼まず去る。そう、それが流星さんの私達への最後のナイスパスだった。シンジさんのそれとは違い破壊力があるパスで、スルーパスしたくなるものでもこれは流星さんの愛のクオリティなのである。ぶっちゃけ私達以外に言葉の宝具発揮するのは勘弁願いたかったが…人間をやめている営業教師に聞こえぬよう心の中で苦笑いしながらシンジさんと私は言う。
「俺ら…はたから見たらヤカラだな…w」
「ですねw」
この偶然の笑いまでもが私の中に儚き希望を取り戻してくれていた。
ラストチャンス。それはまるで私が夢の中にいるかのような、何かよく出来た創作物の中の存在になってしまったかのような。幻のような奇跡のように感じていた。決めるしかない。消失したはずの即を決めるという滾らせた目標は、そんな夢で創作な架空の存在に再度押し上げられ復活していた。
食いつきのしっかりあった革ジャン娘。しかし私はあの場で背を向けて革ジャン娘の食いつきを手放し、更にはA君を1人にさせてしまった。今頃A君は2人をなんとかしようと必死に繋いでくれているのだろう。胸が痛んだ。私の選択ミスがここに来て怒涛に押し寄せてくる。そして罪悪感が募り顔が曇っていった。シンジさんがそんな私にまた声をかけてくれた。
「もう一度言うけど、今夜は君が主人公なんだよ。人のためとか俺のためとか思ってはダメです。今から主人公になりきるんだ」
「ありがとう…ございます」
心が和らいでいく。私の考えていることはシンジさんにはお見通しなのか?感服だった。だが、今の私にはこれ以上謝ることも感謝することもできなかった。それだけ手一杯だったのだろう。タクシーに乗り込む。
「シンジさん!」
タクシーに半身入ったシンジさんは振り向く。
「あの、絶対3pしましょう!」
「そういうこと、シー」
少し眉をひそめ、シンジさんはタクシーに乗った。私たちがやっていることが外道のそれであることをすっかり忘れていた。運ちゃんに聞かれるのもマズイわな。私もタクシーに乗り込りこみ、行き先を告げた。
タクシー内でシンジさんは聞く。
「革ジャン娘は傘をQBに預けたと言っている、持ってる?」
「しまった…!喫茶店に行く途中に捨ててきたんだった…」
あぁやってしまった!!歯を噛み締める私。
凹み助けられ、また凹み。
でもそんな状況でもシンジさんは冷静であった。
「オーケー。そしたらこう行くぞ。まずは革ジャン娘に会う、んでなくしたことをQBが伝える。それを俺がコテンパンに怒る。おこりすぎたら逆に怒れなくなる法則ね。そこから繋げていこう」
「シンジさんが俺を怒るんですね、わかりました。ダメな奴感だします」
「うん。ともかく泣いても笑ってもこれが最後。決めようぜ。」
「はい!」
浜松町へ到着した。
さぁ、最終決戦の幕開けだ。
A君はすぐ見つかった。黒ドレスと手をつなぎ、その後ろから革ジャンが付いてきている。私とシンジさんはすぐに革ジャンの腰に手を回し、A君たちのいく反対方向へ歩を進める。
革ジャンはいう
「ねぇ傘…」
すぐさまシンジさんがレスポンス
「これから探しに行くぞ」
「えっちょ…」
私とシンジさんと革ジャンが傘を探しに行きA君はやっと黒ドレスと二人になれた。腰に手を回しA君は黒ドレスを誘導していく。A君、私の連携不足、不甲斐ない、本当にすまなかった。だがこれで決めよう。私達の即を。だからA君…決め切ってくれ…!
私は祈るように彼の後姿を見届けた。
私は私が傘を捨てた場所に到達する。
「ない…」
「ここに掛けて置いたのに…」
正直あると思っていた。誰かに持って行かれたのだろうか…人の傘をどこかに置いておくなんて、今私は人としてかなり最低なことをしていた。その事実をこの時の私は湾曲して捉えていたようだった。
(仕方ない、どんな怒られ方なのかちょっと怖いが、ルーティン開始だ。)
私はシンジさんとの打ち合わせの通りに革ジャンに謝る。とても反省したような、本当にすまないと思うような顔とは何か、私なりに考えてそれを表に出した。
「…」
革ジャンは目を下に向けた。顔が曇っている。とても悲しく、ちょっと触れたら壊れそうな、そんな顔だった。私はそれを見て心がいたむ。だが、それだとちゃんと謝らないかもしれない。もっと必死に必死に顔と声を作らねば。私は彼女にポツリ、ポツリと言葉を置くように謝りなだめた。そろそろシンジさんが私を怒る頃だろうか。私はシンジさんをちらと見る。
(えっ…ちょっとまて…)
シンジさんは全く怒った顔をしていなかった。その時の顔はあまりにも印象的だった。私の中の言葉と顔の後ろ側を見通しているような、私に対する心配なのか絶望なのか落胆なのか、そんなような顔を私に向けてきていたのだから。私は揺らいだ。いや、間違ったことは今していないはずだ、だが…そんな顔をしたシンジさんはそのまま私から目を離し、私の方に声をかけるのではなく、革ジャンに声をかけ始めた。
「本当にすまなかった、こいつのミスは俺の責任だ…」
そう言って財布から千円札を取り出し、革ジャンにわたす。
ルーティンが崩壊した瞬間だった。
(なん…だと…?なぜ私を怒らない……?)
私は困惑した。困惑したまま謝罪を続けた。
シンジさんと連携が取れていなかったことを察した。これはシンジさんのミス?わけがわからなくなってしまった。私は何か見落としてしまったのか?今でもわからないが、少なくともこの時の私はミスや見落とし以前に、もっと大切なことがある事を完全に抜け落ちてしまっていた。だが気付くはずもない。私たちは何度か謝り、なだめ、しょぼんとする彼女のループを続けた後、私が千円札を出すことで収束し、居酒屋へ向かうということでタクシーに乗り込んだ。彼女はむすっとしていたが、私の犯した粗相をもう引きずってはいなかった。
それを見て私は少し安心していた。
タクシーの中でシンジさんが助手席、私と革ジャンが後部座席に。
「上野まで」
シンジさんは行き先を伝え、黙り始めた。革ジャンは、どうやら黒ドレスが心配なのかラインをうっていた。何故シンジさんは助手席で黙っているのか。これは誰でもわかるナイスパスだ。私と革ジャンをいい感じの雰囲気にさせるための手立てである。誰が見てもわかるナイスパスを私はなんと見落としてしまっていた。
「…」
嫌な沈黙が流れる。パスは出ている。わかっている。だが彼女に対してスキンシップが取れない。どうでもいい、クソつまらない簡単なクダラナイ質問しか投げかけられない。そんなんじゃない、今はこの女の手を繋ぎ、空気を作り、キスをし、そのままホテルへの雰囲気を作ること…わかっているのに、それなのにそれへの行動が出来ずにいた…私は凝り固まってしまっていた。ふと彼女にラインがかかってくる。黒ドレスからで、どこへ向かうのか革ジャンがシンジさんに聞く。シンジさんが革ジャンのラインととり、黒ドレスに「上野」と伝えた。A君には別にラインでこの意図を伝えるためかラインを送っていた。そんな時にふと凝り固まっていた原因がわかったのだった。
(傘の件で一番引きずっていたのは、紛れもなくこの俺だったんだ。気まずい沈黙を作っていたのは紛れもない、俺だったんだ…!)
安心などしていなかったのだ。そしてシンジさんが何故怒ってこなかったのかもこの時にもうなんとなくわかってしまった。自己嫌悪の波が押し寄せる前に次にとるべきことに移す…
が、もう目的地についていた。上野の手前の御徒町駅。私はまた一つシンジさんからのチャンスを潰してしまった。自己嫌悪が無意識化にどんどん溜まっていっていた。そんなくそでも即を目指そうと身体を動かした。結果がよしとなればこれらは全て帳消しとなるはずだ。だから私は完全に身体に殻をまとったしょうもない生き物になってでも耐えると決めた。お金はシンジさんが払い、私たちは居酒屋へと向かった。
居酒屋。
シンジさんが奥に座り、私と革ジャンが椅子側に座ることになった。
飲みが始まるや否や、彼女はキレだした。シンジさんに。私たちが意図的に黒ドレスを引き剥がそうとしていること、黒ドレスはそういうの慣れてないから四人で飲めばいいじゃん?ってこと。電話奪って違うこと向こうに伝えているんじゃないのかってこと。シンジさんは全てに反論せず、すべての彼女からの批判を彼女の目をしっかり見つめ聞いていた。私はそのやりとりを黙って頷きながら聞いていた。
シンジさんがA君との電話をするために外に出る。
しばらく帰ってこなくなった。私はもうこのパスを逃すわけにはいかなかった。
私は彼女とビールを飲みながら隣で和み始める。
途中シンジさんが来た。が、彼女はシンジさんの方を向かずに私と話す。私もシンジさんの方を向かない。3p断念、私はそう判断した。シンジさんはビールを泡の部分までしか飲まずフェードアウトしていた。それからの私達はまるで夢や幻のことだったかのようだった。出来事話題言葉が私の体の中を走馬灯のように濃く早く流れ突き抜けていく。
仕事の話、学校の話、友達、恋愛歴、彼氏、セフレ、セックス観。会話の内容を徐々に徐々に深まっていく。ふと唐突に手を握り彼女のネイルについて褒めた。そして手を握り、耳元で綺麗だねと囁く。身体の距離を縮めていく。ボディタッチに彼女の拒否はない。手を握ったまま。話は何処何処にいってプリクラを撮った話になる。見せてと私はいう。二人して隣同士に肩を並べてその写真を探す。コレー、と彼女は言う。えーまじかかわいくないな、と私は落胆する。彼女は不思議そうに慌てる。顔を見せてと私はいう。何故か恥ずかしそうにこっちを向く。うん、プリクラなんかよりこっちのほーがかわええな、と私はいう。なにそれ言われたことない、と笑い嬉しそうにする。そいやそのスマホについているストラップさ、と私は目線を誘導する。彼女はうん、と頷く。その瞬間、私は彼女の顎を右手で上げ、ギラをしかけた。
ノーグダだった。アメリカの挨拶程度の軽いキス以上、初恋のドキドキ長いフレンチキス未満の長さのキスだった。私は立ち上がる。トイレに行ってくる、と言い支払いを済ませる。
背中の彼女の肩を叩きこちらを向かせる、もう一度キスを仕掛ける。
今度は引き気味ながらも顔は動かさずキスをする。明るい場所が悪いか。彼女を立たせて店を出た。
階段を降りていく。荷物持つよ、という。人の傘なくした人物がこの発言はありえなかったか、拒まれる。手を握ろうとするが荷物でやはり握れない。やや私は焦る。そして店外へ。私はもうこの際思いっきり告げた。
「ホテル行こうか」
すっと、ストレートに。私の中の身体の中の熱量が最高点に達していたのがわかった。
「いや、帰るから」
そう告げられた。
今夜一緒にいたいということを素直に彼女に伝えながら彼女を説得する。グダ。説得、大きなグタ。彼女は身体の向きを私の反対方向の駅がある方へ向ける。私と彼女、1メートルほどの距離がある。私はその距離を詰めない。
「…」
無言で彼女を見つめる。
「何…」
彼女はこちらに顔をだけを向ける。口を尖らせ、瞳孔を震わせている。外見と中身の全く異なるような感情であると感じた。その彼女の目をじっと見つめる。
「なんなの…」
すっと背中を向け、私は彼女のつま先が向いている方向の反対方向に歩みだした。結果は知っていた。
しばらく歩く。一人で歩く。追ってはない。
しばらくして振り向き、彼女がいたところを見る。そこにはもう誰もいなかった。そしてそのまま私は進行方向を変えずに、歩み始める。iPadを開く。ラインの流公組グルチャにアクセス。A君の負けを確認。そのままシンジさん、そしてA君が待つ上野の喫茶店まで歩いていった。
歩きながらふと空を仰いだ。
雲の灰色と闇の黒がまだら模様に染め上げられている。静止した大きな絵画に見えた。一度だけ歩を止めそれを10数秒ほど眺めていた。その絵画は、とても動いているようには見えないがじっと見つめると、ゆっくりとゆっくりと少しずつ少しずつ形を変貌させている。風は一生止むことなく雲を永遠に流していく。そんな当たり前のことを何故今改めて確認したのだろう。現にいるのに夢の中のよう。鬱になりそうなのに元となる目標、感情や行動、言葉、そしては人々はもうない。
雲の切れ間から闇が覗き、その中に星が見えた。その星はすぐに雲に埋められまた隙間ができるまで姿を隠す。
私の二日間の戦いは隠された星の下、幕を閉じた。
その③に続く