【北海道ナンパ7日目】最後の雪、失ったもの
- 2015/12/23
- 04:16
外の寒気、豪雪、突風をまるで思わせない空港の待合室にて、電話をかけていた。遮断された空間で暖房されたこの空気は、いつも必要以上に暖かく生温く、皮膚にべっとりとまとわりついているかのように感じられ実に不快である。そんな空気を身に纏い私達はそれぞれ離れた場所でスマホを耳に当ていた。
私は現在恋人関係にある魔法少女の巴マミに電話をした。何故巴にかけたのか、それはこの日の翌日に彼女とのアポがあったからだ。北海道から帰ってきてそのまま、アポに向かうことになっていた。予定はカツカツではあるが全然問題はなかった。私の体が消耗するだけで済む話なのだから。だがたった今、このギリギリのスケジュールを破綻させる問題が起きてしまったのだった。
深夜なのにもかかわらず、すぐさま電話はつながった。
「もしもし」
やりすぎなほどの暖房によって乾いてしまった口をなんとか動かしながら受け取られた電話に声をかける。
『はーい』
眠そうな、でも元気な、ふわっとしているが程よく聞き取ることの出来るあの巴マミの声が、私の耳元のスピーカーからノイズを孕みながら発せられる。
「明日のことで電話したんだけれどさ」
私はゆっくりと落ち込みながら用件を伝えた。
「うん。」
彼女の返す短い返事からは何の疑念も、何の予感も、何の嫌悪も感じられなかった。明日がある、私と明日会う、旅行がある、ただそれだけを考えているのではないかと感じられた。
それを聞いて私は驚いていた。そして不安に陥ることになった。巴マミは私の今まさに纏っている嫌な不安な雰囲気を対面してようが電話であろうが、すぐさま察知する女だからである。「何かあった?」「いつもと声がおかしいよ」と声をかけ、すぐさま共感を示しミラーリングをしてくる魔法少女だったのだ。
そんな彼女のその第六感が働いているようには感じられなかった。だから驚かされた。私のこれから伝えようとしていることについてまるで想像もついていないのだろう。想定外の事実に入れ違いがあった。その不安は現実を受け止めるほど罪悪感にへと移り変わっていき、私はそれを拭いきれぬまま、次の言葉を私は放った。
「俺が今北海道にいることは、知ってる、よね?これから帰るところだったんだけれど」
「うんもちろん!お土産楽しみですよ」
「それがたった今帰れなくなってしまった。だから明日の旅行、いけなくなってしまった」
「え」
巴マミは一言だけ音を発した。
見なくてもわかる、聞かなくてもわかった。突然の告知に我をなくしてしまったようであった。
「だから、ゴメン…本当に、ごめん」
「はい」
返答が、少しだけ遅れて帰ってきた。
「本当にすまん」
「うん、えっと、はい、それは、なんで?」
「飛行機が欠航になってしまったんだ。猛吹雪で、全く動かないらしい。それで代わりに取れた復路の便が明日の深夜になっちまって。だから明日は帰ってこれないんだ」
「…今誰といるの?」
「友達。これから戻って友達と話し合ってどうするか決める」
「ちょっとその人に変わって。話がしたい」
「今あいつも電話中なんだ。それは出来ない。」
「…」
巴マミはわかったとは一言も言わなかった。ただ私の言葉に、うん、はい。これだけを呟いていた。しかし言葉を何か発するたび彼女の声はだんだんと短く早く荒れていった。その彼女の言葉を耳にしてくたび、私も言葉が少なくなってしまい、彼女も同様に喋らなくなり、そのまま無言電話となってしまった。
無言電話に耐えきれなくなり、私は
「電車に乗らなきゃいけないからちょっと切るよ」
と言って一方的に切ってしまった。それに被せるように彼女からラインでメッセージが来る。
『お友達とイチャイチャ北海道楽しんでください』
とあった。
私は短く素早くメッセージを返信し、スマホの画面をオフにした。丁度電話が終わったらしいfさんのところにこのスマホを手に握りしめながらもどる。
「電話終わりました?」
「終わりました。QBさんは彼女さんに、でしたっけ」
「うん。芳しくはないけどアポドタ伝えてはきた。そちらは?」
「こっちもです。仕方ないですよね」
「…どうしましょ?これから」
「自分はすすきのに戻ります。戻ってナンパしようかなーと」
「マジで?」
またも驚いた。彼は札幌に戻りまた営業をしようとしていたのだった。私の中では完全に切れていた営業心。札幌まではまだ終電はあるが時間はないし、時間はかかるし、かねもかかる。そしてこんな環境下、女がいるとも思えない。新千歳には丁度宿泊の出来る場所があるらしいから私はそこでゆっくりしようと思っていた。
だがfさんはそんな私と真逆だった。何故だ、何故なんだ。そんな疑問が私を驚きという形で口を動かさせていた。
「はい。QBさんも来ましょうよ!もう一度ナンパしましょう!」
さらには私に彼に「ナンパの営業」を仕掛けられていた。
「ど、どうしようかな…」
「やりましょうよ、補習っすよ補習!」
迷った、迷いに迷った。今握りしめているスマホに巴マミからの返信メッセージを知らせる通知バイヴはならなかった。迷った挙句決心した。今更のことであった。
「行くか、行く。行こう。行くしかねぇよな、これは」
私は画面が黒いままのスマホをポケットの奥に押し込み、また札幌の街へ戻ることに決めた。北海道に来て7日目のおとずれを示す0:00はとっくに過ぎていた。
fさんと同じ部屋を取り、服を着替え私たちは再びすすきののストリートに足を運んだ。豪雪の中始めた。女の子はおろか、キャッチの人すらいなくなっていた。
営業メモ
ギャル 友達と帰る 男いた
ギャル これから仕事
学生風 酔っ払いアイドルのおっかけで本州いく、明日フライト、後日のアポ取りバンゲ。
反応はそこまで悪いものではない。だが真っ白になっている己の腕と肩を見て圧倒的に環境に殺されていることを知った。
ギャル 赤信号で和み これから仕事 仕事後飲みOKバンゲ
OL 笑顔放流
学生風 帰るとこ和み謎バンゲ
ギャル 寒いよねと逆ナン和み車の迎えがくる放流
ギャル いいです
ギャル はいはいガール放流後にありがとう
OL ガンシカ
最後のガンシカを受けホテルに戻る。
ちょうど戻っている最中のfさんが見えた。ずぶ濡れの足で駆け出す。
「乙でした」
私はそう言いながら彼の横につき歩きながら伝えた。それに気がついたfさんはくるっと私の方へ、そのはっきりとしたまん丸な黒目を覗かせていった。
「あっ、お疲れ様です。戻りましょうか」
「…戻りましょう」
私たちは2人でホテルへ戻ることにした。ラインをみると、最後の綱であったアポも結局ドタられてしまっていた。
「ちょっといい?」
「はい、なんでしょう」
「ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけれど…いいかな…?」
ホテルに入り靴、靴下、コートを脱ぎ捨てながら私はスマホにて電話をかけた。
「くそ、でねぇ…」
「出ませんか?」
「うん、出ない。キレてんだろうな…」
「どうなんでしょうね」
「ごめんね、電話に付き合ってもらうだなんて。なんかあいつ疑っているっぽくてさ」
「いえいえ、全然大丈夫っすよ」
私はホテルに戻ってから巴マミに電話をかけ直していた。ラインを送ってから既読になっていない。それが心配であった。
『ナンパしてるから疑われてもシャーないけど、今一緒にいるのはfっていう男友達だからなぁ…その疑念だけでも晴らしておきたいんだ。だからfに今一緒に北海道に来ている友達、という事で俺の彼女と電話をしてもらいたいんだ』
そうfさんに頼み事をしたのだった。fさんはなんの嫌味も見せずに、いいですよ、と軽々と快諾してくれた。
巴マミがその電話のコールに応えたのは4回目の電話の30秒ほどたったあたりであった。
「もしもし」
「はい…」
暗い声がした。今寝起きたかのような声だった。
「すまん、何してた…?」
「ちょっと眠ってた」
「そっか」
「…」
「ドタキャンになってしまって、本当に申し訳ない。本当に、これしか言えないんだけれど…ごめん」
「うん、いや、大丈夫、なんかもう吹っ切れたというか」
「うん」
「でもなんかこのモヤモヤをどうにかしたい…んだけど…どうしようもなくて」
「うん」
「凄く悲しいし、辛い…」
「俺も辛いよ、どうしようもなくて」
「…」
「俺はどうしたらいいかわらない」
「行きたかった」
「そだよね、いきたかったよね」
「だからなんだろう…今度また別に計画を立てていこう。連れてくから。だから今日は本当にごめんな」
「ん…」
ただ私はごめんね、すまん、ゴメン。と言葉を繰り返すしかなかった。だがその謝罪の言葉を繰り返すたびに、またどこかで感じたかのような、胸の奥が白く白く染められていくような感覚に陥っていく。真っ白な色の何かに私自身が雑に荒々しく、しかしゆっくりと侵食して行くのように感じられていく。
これはなんだ。この感覚はなんなんだ。伝えなきゃいけない、謝罪の意を相手に伝えたいのに、それを言葉にすればするほど何か、言葉と意に微妙な齟齬が生じるようにして相手の耳に届いていく。その私の意を伝えようとして発した言葉を繰り返す度にその齟齬が大きく大きく、いつしか巨大な白い塊となって胸の奥の方へ留まることとなった。
いつしかこんな状況になった時にふと湧いて出た疑念が、またしても、ふと私の眼の前に浮上していた。
(ごめんなさいって、どうやっていうんだっけ…?)
今の私にはわかるはずもなかった。
白く染められた私は勝手に口を動かしていた。もう話すことはないと判断してのことだろうか。
「…友達に変わってほしいってさっき言ってたよね」
「…うん」
「今から変わる」
私は巴マミの返事を待たずしてfさんにスマホを渡した。ジェスチャーでお願いしますと祈った。
「もしもし変わりました」
「夜は本当にありがとう。マジで助かりました」
「いえいえ、ただ普通に話しただけですよ」
「いやいや、ほんと助かった!」
昼過ぎ。私とfさんは最後のラーメンを食そうとしていた。帰りの支度を済ませ、チェックアウト。
「なんか俺ら、ああだこうだで最初から最後までいたね。ラーメンに始まり、そんでラーメンに終わった笑」
「ですね笑」
「いろいろあったなぁ北海道」
「はい。あれから彼女さんの方は大丈夫そうですか?」
「んまぁ…なんとか。キャンセル料とか財布すっからかんの俺もちにはなっちゃったけども」
「しゃーないですよ」
「うん。んま、帰ってからどうにかする」
新人さんらしきパートの人が先輩バイトの女の子に指導されながら不慣れに懸命にカタコトの言葉を添えてラーメンを運んできた。最後の北海道味噌。私の大好物だ。記念にと、一応写真を撮ってから、割り箸を割り、啜り始める。
「なんか女の子好きになっちゃったとか、fはブログでかいていたじゃん」
「あ、はい」
fさんは蓮華と箸をもち啜りながら目だけ私の方に向け、答える。
「あれってどう、だったの?その、f大丈夫だった?」
「大丈夫です。なんでかわかんないんですけどね、その日はその子しか見れなくなってたんですけど、時間の経過でなんかそうでもなかったかもって思うようになっちゃったんですよね」
「面白い体質だよね」
「自分でも不思議なんですよ。びっくりするほどどうでもよく感じてるんです」
互いにラーメンを食らいながら北海道での出来事を話しあった。質問をしたりされたり答えたり。
fさんはと簡潔にまとまった的確な質問を私にかけ続けていた。質問の意味がとてもわかりやすかった。だが、わかりやすいだけで、私にとってはどれも難解な質問ばかりであった。この場面ではどんな考えをしていたのか、なぜこういうことをしていたのか、しないのか。そんなような考えさせられる質問を何度も私に投げかけてきた。いわゆる、頭の良い人のするであろう質問である。
彼はどうやら「ナンパをする意味」についてとても知りたがっていたようだった。何故我々は「ナンパをするのか」、我々は「ナンパに何を求めているのか」、「ナンパとはどういったものなのか」。そんなようなものを彼は求めているように私はかんじられた。私はその質問に直感で答えていくが、どれも彼が納得いくような回答をしていないような気がした。彼と私は頭の構造が全く違うようだと知り、少し嫉妬した。
「きいてもいい?」
「なんでしょう」
「シンジさんがさ、俺のことに対してみんなに嫌われている、みんなに嫌悪感を与えている、だとか。俺のコミュニケーションがクソだってこと言ってたじゃん?」
「あ、はい…そうでしたね」
「正直に話してもらいたいんだけれど、fはさ、俺のコミュニケーションはどんなところがダメだと思う?」
「ダメなところ…ですか…?」
「うん。頼む、教えてくれ」
「彼女さんとの電話の時…ですかね」
「電話の時?どんなところがまずかった?」
「俺も辛いんだよーとか、代わりにどっか行く?とか…彼女さんには失礼かなと思いました。」
「…」
「例えばあの時は『辛くさせてごめんね』って言ってあげればよかったんじゃないかなぁと思います。相手の目線にたって話すことを心がけていれば良い感じになるんじゃないかなと思います。自分のせいではないし、自分も確かにそう思っているとはいえ相手からしたら何言ってんだってなるんだと思います。」
「相手目線にたつ…か…」
私は蓮華と箸を口元から下ろし、ラーメンをすするのをやめ、斜め上らへんを見上げていた、気がする。目線は安定せず下にあったり上にあったり左右に行き場も知れず震え続けていた。
震える私の瞳を感じながら、私の心の中では、バラバラと崩れていくような音が鳴り響いているかのようだった。石膏のごとく頑なに硬まり媚びりついた『白い齟齬』が崩れ去っていくような、そんな感覚を覚えていた。
「…いやなんか、すみません偉そうに」
「いやいやいやいや、確かにそうだなって思ったんだ。本当ありがとう。気づかせてくれて。なんかfにはありがとう言いっぱなしだよ。」
食べ終わり外に出る。
65年ぶりの大雪となった北海道の道に降り積もった雪の上をトランクで滑らせながら歩いていく。日は煌々と照っていて、輝かしい光からかすかに暖かさを感じられるが、圧倒的に雪の量が多過ぎて、この雪を溶かし切るにはだいぶ及ばないと思われた。足場も悪く、日が照っているのに寒い。だから我々はいち早く地下に入り、地下道を歩いて札幌駅まで向かった。地下道では地上では考えられないくらいの歩く人々でごった返していた。
「QBさんって、シンジさんのことが嫌いなんですか?」
歩行者塗れのを歩みながらfさんは、私に質問をした。
「いやいや…嫌いだったら来てないよ」
「でも好きってかんじではなさそうですよね。好きと言いつつ一緒に嫌いな部分を周りの人たちにもシンジさんにも言っているじゃないですか」
「んま、確かに。意見したいなって思うところはもちろんあるよ」
「それが僕にとってはとても不思議なんですよ。なんでそういう考えなのにシンジさんのところに来るのかって」
「んー。嫌いに思っているように思われているところも含めて、好きだから。かなぁ」
「んー、なるほど…じゃあ、あの人のところに行かないのは何でですか?」
「どの人」
「えーと、タカイシ、さん?でしたっけ?」
「高石さんか」
「はい。QBさんにとって高石さんが一番影響受けた人なんですよね?」
「そうだね。今年一番影響を受けた」
「その人の講習とかは受けたりしてたんですか?」
「高石さんは俺がナンパを始めた頃にはナンパ講習はしていなかったんだ。んま、ナンパとは別に、カウンセリングとか講座はやってらっしゃるみたい」
「それには行かれたんですか?」
「んーん。行ってないよ」
「何で行かないんでしょうか?」
「何で、かなぁ」
「憧れや尊敬があったら、普通会いに行きたいと思うし、近くにいるのなら実際に行くものじゃないですか?でもQBさん、尊敬する人に会いに行ってないって聞いて、何でだろうって不思議に思うんですよ」
「んー…怖いから、かなぁ」
「高石さんってそんな怖い人なんですか?」
「いやいや、すごい繊細で優しい人なんだってよ。周りが言うには。だけど俺は、どうもあの人に会うのがすごく怖いんだよね。殺されるような感じがして」
「そんなわけないですよ笑」
「んー、そーだなぁ…そのよくわからん怖さがあって、結局高石さんには会いに行こうと今までしてこなかったんだよね、俺は。然るべきタイミングを1人でに意味もなく見計らっているんだと思う」
「んー。僕は直ぐに会いに行っちゃうんだけどなぁ」
そのあとトランクをロッカーに詰め込み、札幌で最後のストをした。と言っても契約する気もない営業だ。ヒゲは剃っておらず髪の毛はぺちゃんこ。ダボダボのズボンとゆるゆるなマウンパ。こんなので口説く声をかけをするのは失礼きわまりない。だから私はただ道を聞いたり、腰掛けているおばあちゃんに寒いですねぇと言ったり、暖かいよねぇ地下はっと喫茶店で座っている女の子に話をかけてみたり(…これは営業か)…そんなことをしていた。もちろんガンシカされたりガンシカされたり、笑顔で返答されたり、少し和んだり。安定の北海道クオリティを最後の最後に1人こっそりと味わった。営業が出来る気がしなかったが、人と話すことはいくらでもできるような、何やら大きな気持ちになっていた。
「帰りますか」
アポ負けをしたらしいfさんは待ち合わせ場所に清々しい顔で颯爽と現れた。
「帰ろう」
深夜最終便。私たちは北海道を後にした。【北海道ナンパ】はこうして幕を閉じた。
某日私は、封筒を手に握り潰しながらラインに表示されている画面を見ていた。封筒には八枚の諭吉がいる。だが、そんなものは手のひらにはまるでないかのように硬く握り締めていた。
『今回の飲み会は申し訳ないけど講習生だけの正式な飲みなので、参加は控えてください』
そうメッセージが送られていた。
私はシンジさんと累計6日間の関わりを持っていた。納涼船では合同講習として、今回の北海道では納涼船の繋がりということで参加することができた。累計の時間にて、シンジさんには大変お世話になったし、色々な指導を個別にしてくださってもらっていた。だからかはわからないが、私はどうやら勘違いをしているらしかった。
『QBは講習生ではないからな』
よく思い返せば、北海道に来て何回か言われたことのあったこの拒絶の言葉が本当の拒絶だったのだいうことがこの瞬間、とてもよくわかった。とてもよくわかった上で、私はこの飲み会に参加を決意したのだった。そしてそれを一度は受け入れられたものの、最終的に断られたのだった。
封筒に入っている金は2種類ある。
一つは北海道でのシンジさんへの貸しの金。そしてもう一つは、シンジさんの「ナンパ講習」を受けるための金であった。
私は4日目の日、シンジさんに強烈な拒絶を受けた。その拒絶を受けた私は悩みに悩み、今後どうするかを考えた。
(来るなとも言われた、自立しろとも言われた。だが今私にはたりない物がある。それを早急に治したい。だがそれには人の手を借りるしかないのかもしれない。なら…指導してもらおう。改めて。例え営業講師による巧妙なダブルバインドに縛られようと偽りの葛藤を回り続けていようと構いやしない。まんまと堂々と騙されてやる。騙され続けてやる。ツケを払うと言う名目でシンジさんが開催する飲みに参加してそこで改めて弟子入り志願をしようじゃないか!)
そう決めていた。
私は新たな目標に進むと誓い、飲み会の参加の許可が降りたときは燃えに燃えていた。だがそれは唐突に送られてきた一通のラインによって急遽潰えた。まるで燃え上がった炎が大きめのキャップに蓋をされ酸素不足で一瞬にして消えてしまったかのような。そんな風に潰えてしまった。
別に講習に参加するその趣旨をシンジさんに正直に伝えればよかったのだと思う。潰えることなんてなかったのだと思う。実は講習を志願するためにだったんです、そういえば参加させてもらえたかもしれない。
だが私はそれをすることをやめた。理由はどうでもよかったのかもしれない。例えそれが事故によるものなのだとしても、完全なる拒絶ではなかったとしても、私はもうやめることにした。追求をすることをやめることにした。
しばらくは会わないし会えないだろう。だがまたいつか、シンジさんには何処かでお会いしたい。それまでに私はもう誰かに頼る事はせずに1人で戦っていくということに決めたのであった。
だが、私の胸内にぽっかりと穴が空いたような気がしていた。それもそうだろう。私はこの北海道であらゆるものをまるでゴミのパンパンに詰まった半透明のビニール袋をテンポ良くリズムカルに焼却炉に投げ捨て続けていくくらいの勢いで色々なものを失い続けてきたのだから。
もちろん得たものもあった。沢山あった。北海道のこのツアーに参加せねば分かり得なかったであろうことが沢山あった。だがやはり。納涼船の時と同じく…いや、それ以上に。失ったものの量があまりにも大きくて多過ぎた。
始めは苦しさを通り越してむしろ笑ってしまう状態だったが、それすらも通り越して、全くの何も感じられない状態になっていた。まるで透明な。透き通った輪郭だけが私に残されていた。
そう、虚無となっている時にふと思ったのだった。
私が今年最も影響を受けた人物、そして同時に今最も恐れていて、最も会うのに抵抗がある人物、高石宏輔さんに会いに行くべき時が来たんじゃないかと。
私は無意識が選択し、進みゆくまま、メールの本分を作り、高石さんにカウンセリング希望の旨のメールを送信した。