ナンパの日。
- 2016/04/23
- 02:53
4/21(金)渋谷
街行く数多数、人混みの中、歩み続けながら、左右左右に彷徨く私の目に女と造形された物体が横切る。足を踏み出そうと前に一歩、進めると、まるで今この足で踏みしめているこの地が、泥沼になってしまったかのように足を沈め、捉えていくかのような錯覚に陥り、歩む重さの苦痛に思わず唇を噛み締める。必死にその足を動かそうとすると、今度は頭の頭蓋奥底が疼き出し、下のあたりからどろっとしたねっとりとした触り難い黒い重油のようなものが体の胸の方へ流れ広がっていくのを感じる。
もう無理だ、決意した私は女の背を追うのを諦め、近くにあった汚い壁にもたれかかる。元は白いカベであったろうに、数多のシールが貼られあった。そのシールも、長期にわたる雨、風、排ガスそして私のようなカベにもたれかかる人により、黒く霞んですす汚れてしまっていた。
カベにもたれかかりこの町で静止すると、胸に溜まった重油が更に外へと漏れ出し、皮膚まで侵していった。そうして外に晒された重油は冷やされ固まり、私の体を地蔵にさせた。今唇を強く噛み締めていることを忘れさせてしまうほどに体が固まってしまった。
私は
誰か人と、共に「ナンパ」を行う人達といると地蔵をしない。私にとって彼らといる時に行う営業こそが私の「ナンパ」であった。何も感じずに、何遍も何遍も声をかけていく。胸の中に蓄積する重油を無視して女の子達にかけ続けていく。それで成果はあったのか。いいや、勿論ない。
「QBさんのナンパっぽくないナンパがいい感じだった」
いつものように合流してコンビをしていると、相方にそんなことを言われた。
「あれ、そんな声かけありましたっけ?それってどの子に行った時です?」
いつ誰にどの様にして声をかけたのか、完全に忘れてしまっていた。彼も覚えていなかった様だが、その時の私の声かけの姿は自然な感じで「ナンパ」っぽくない声かけであったという。
ふと何故か昨日の合流での出来事が、数多数の人混みの中で地蔵する中、思い出されていた。そういえば私の目線は左下に落ちていて、そして今、私はその目線の先で何も見ていなかったということに気がつき、思い出したかの様に自身の視線を水平方向に戻した。戻すと彼女がいた。
鎖骨まで伸びた茶色い髪、水色のドレスを着て両肩にそれぞれ長さの異なる小さなバックを掲げ、スマホに視線を落とし、周りの人達よりも少しだけゆっくりと歩いている。水色で磨かれたヒールが指す進行方向は見た限りでは確かに目的地がある様だけれど、何処か曖昧で行き先に対して何か迷いがある様に感じられた。スマホの画面にはラインが表示されていたが、それを持つ右手の親指は素早く文字を打ってはおらず、どちらかというと相手の返信を待っているかの様に親指が宙をまっているだけの様に見えた。耳をふさぐイヤホンのコードはぶらぶらと豊満な胸に跳ね返り続けていて、その画面を見つめる瞳は何処か寂しそうであった。
情報が一気に己の角膜の裏にえる、水晶体を通じて、網膜へと「今私が見ている彼女」としてなだれ込み、脳裏へと写していく。全てを同時に、そして素早く情報処理できなかった。そんな中脳に浮かび上がった解答は、二つの選択肢だけであった。
行くか、行かないか
「行くか」
足を一歩踏み出すと、皮膚をまとった重油がまるで最初からそこになかったかの様に、元どおりの乾燥気味な私のいつもの皮膚が露わになっていることに気がついた。何故だ。わからない。何故だかわからないまま、私は彼女を追いかけた。
(大丈夫か?)
胸の奥の方に溜まった重油はまだ残っていたようで、唐突にふと、私に言葉を投げかけてきた。それを聞いた私は胸の左側の鼓動を高鳴らせていた。
目が見開いていく。喉が渇いていく。肩が力み、地が沼に変わろうとしていく。
それでも体を動かし続けていく。彼女の横に並んでいた。左側にいる彼女に右胸を開き見せる様にして体を向ける。私の喉が開かれる。
「こんばんわ」
私の存在に気がついた彼女は一瞬目を見開くと、その長い茶髪で自身の顔を隠す様にして視線を落とす。
「びっくりさせちゃったね」
声はなく、イヤホンの中の音に集中する様にして目をつむっているんじゃないかと思う程に視線をさらに落としていく。
「目閉じないでくださいよ」
頭が少し上に上がる。だが少しだけで、また直ぐに視線を下へ落とす。
ガンシカだ。
私は左胸の鼓動が感じられなくなっていた。耳、鼻、目、皮膚に重油が絡みついていく様な、そんな感覚に突如として襲われる。彼女の姿は見えているはずなのに、目の前が真っ黒に塗りつぶされたかの様なそんな感じに。
突如肩に衝撃が走り、彼女の方へ向けていた右胸が反対方向へ煽られる。
「すみません!」
誰かにぶつかってしまった様だ。彼女を一瞬見失う。直ぐに体を前に向け探す。何処だ。前方を。左右に揺らすと彼女の背中が見えた。直様追い、また先の位置へ並ぶ。
「なんでか君が気になってしまって、声をかけたんだ。これから君は何処へ行くの?」
ガンシカ。視線を落としすぎている。もうこれ以上落とすことができない。彼女はどうするのだろう。
今度は人混みを気をつけながら彼女の傍に付いていく。ガンシカによる言葉の間は気にならない。それよりも私はガンシカしている彼女の体の一挙一挙の動きをきめ細かく目で追い、とにかくとにかく彼女の情報を吸収しようと、目と、そして何故か胸の奥の奥を力ませながらついていってた。私はガンシカの間で閉じ潰れつつあった喉元を再度開いた。
「なんだろう。君、寂しそうな顔をしていたんだよ。だからかな。つい気になって、思わず声をかけてしまったんだ」
彼女は落としに落としてもう落ちなくなったその目線を今度は外側に向けた。私がいる方の右側、ではなく、私の存在しない左側に。真横ではない、左側の下の方を私に見られない様に目を絶対に見られず合わさない様に、そんな動きをした。歩みを早める事はなく、逆にさらにゆっくりとなっていることに気がついた。見える。彼女の…
「あっ」
私は躓いていた。
直ぐに立ち彼女の背中を追おうと思ったがもう一歩が踏み出せなかった。私は彼女が歩んでいった方向ではない方向、路地裏へ足を進めた。
「やばい」
高鳴りが再度鳴り出す。呼吸が浅くなる。肩の力は抜けているが、眼球は震えていた。
「俺、久し振りにナンパしたかもしれない」
ざわめく数多数の人混みの中、私はそんな言葉を地面に吐き捨てていた。
街行く数多数、人混みの中、歩み続けながら、左右左右に彷徨く私の目に女と造形された物体が横切る。足を踏み出そうと前に一歩、進めると、まるで今この足で踏みしめているこの地が、泥沼になってしまったかのように足を沈め、捉えていくかのような錯覚に陥り、歩む重さの苦痛に思わず唇を噛み締める。必死にその足を動かそうとすると、今度は頭の頭蓋奥底が疼き出し、下のあたりからどろっとしたねっとりとした触り難い黒い重油のようなものが体の胸の方へ流れ広がっていくのを感じる。
もう無理だ、決意した私は女の背を追うのを諦め、近くにあった汚い壁にもたれかかる。元は白いカベであったろうに、数多のシールが貼られあった。そのシールも、長期にわたる雨、風、排ガスそして私のようなカベにもたれかかる人により、黒く霞んですす汚れてしまっていた。
カベにもたれかかりこの町で静止すると、胸に溜まった重油が更に外へと漏れ出し、皮膚まで侵していった。そうして外に晒された重油は冷やされ固まり、私の体を地蔵にさせた。今唇を強く噛み締めていることを忘れさせてしまうほどに体が固まってしまった。
私は
誰か人と、共に「ナンパ」を行う人達といると地蔵をしない。私にとって彼らといる時に行う営業こそが私の「ナンパ」であった。何も感じずに、何遍も何遍も声をかけていく。胸の中に蓄積する重油を無視して女の子達にかけ続けていく。それで成果はあったのか。いいや、勿論ない。
「QBさんのナンパっぽくないナンパがいい感じだった」
いつものように合流してコンビをしていると、相方にそんなことを言われた。
「あれ、そんな声かけありましたっけ?それってどの子に行った時です?」
いつ誰にどの様にして声をかけたのか、完全に忘れてしまっていた。彼も覚えていなかった様だが、その時の私の声かけの姿は自然な感じで「ナンパ」っぽくない声かけであったという。
ふと何故か昨日の合流での出来事が、数多数の人混みの中で地蔵する中、思い出されていた。そういえば私の目線は左下に落ちていて、そして今、私はその目線の先で何も見ていなかったということに気がつき、思い出したかの様に自身の視線を水平方向に戻した。戻すと彼女がいた。
鎖骨まで伸びた茶色い髪、水色のドレスを着て両肩にそれぞれ長さの異なる小さなバックを掲げ、スマホに視線を落とし、周りの人達よりも少しだけゆっくりと歩いている。水色で磨かれたヒールが指す進行方向は見た限りでは確かに目的地がある様だけれど、何処か曖昧で行き先に対して何か迷いがある様に感じられた。スマホの画面にはラインが表示されていたが、それを持つ右手の親指は素早く文字を打ってはおらず、どちらかというと相手の返信を待っているかの様に親指が宙をまっているだけの様に見えた。耳をふさぐイヤホンのコードはぶらぶらと豊満な胸に跳ね返り続けていて、その画面を見つめる瞳は何処か寂しそうであった。
情報が一気に己の角膜の裏にえる、水晶体を通じて、網膜へと「今私が見ている彼女」としてなだれ込み、脳裏へと写していく。全てを同時に、そして素早く情報処理できなかった。そんな中脳に浮かび上がった解答は、二つの選択肢だけであった。
行くか、行かないか
「行くか」
足を一歩踏み出すと、皮膚をまとった重油がまるで最初からそこになかったかの様に、元どおりの乾燥気味な私のいつもの皮膚が露わになっていることに気がついた。何故だ。わからない。何故だかわからないまま、私は彼女を追いかけた。
(大丈夫か?)
胸の奥の方に溜まった重油はまだ残っていたようで、唐突にふと、私に言葉を投げかけてきた。それを聞いた私は胸の左側の鼓動を高鳴らせていた。
目が見開いていく。喉が渇いていく。肩が力み、地が沼に変わろうとしていく。
それでも体を動かし続けていく。彼女の横に並んでいた。左側にいる彼女に右胸を開き見せる様にして体を向ける。私の喉が開かれる。
「こんばんわ」
私の存在に気がついた彼女は一瞬目を見開くと、その長い茶髪で自身の顔を隠す様にして視線を落とす。
「びっくりさせちゃったね」
声はなく、イヤホンの中の音に集中する様にして目をつむっているんじゃないかと思う程に視線をさらに落としていく。
「目閉じないでくださいよ」
頭が少し上に上がる。だが少しだけで、また直ぐに視線を下へ落とす。
ガンシカだ。
私は左胸の鼓動が感じられなくなっていた。耳、鼻、目、皮膚に重油が絡みついていく様な、そんな感覚に突如として襲われる。彼女の姿は見えているはずなのに、目の前が真っ黒に塗りつぶされたかの様なそんな感じに。
突如肩に衝撃が走り、彼女の方へ向けていた右胸が反対方向へ煽られる。
「すみません!」
誰かにぶつかってしまった様だ。彼女を一瞬見失う。直ぐに体を前に向け探す。何処だ。前方を。左右に揺らすと彼女の背中が見えた。直様追い、また先の位置へ並ぶ。
「なんでか君が気になってしまって、声をかけたんだ。これから君は何処へ行くの?」
ガンシカ。視線を落としすぎている。もうこれ以上落とすことができない。彼女はどうするのだろう。
今度は人混みを気をつけながら彼女の傍に付いていく。ガンシカによる言葉の間は気にならない。それよりも私はガンシカしている彼女の体の一挙一挙の動きをきめ細かく目で追い、とにかくとにかく彼女の情報を吸収しようと、目と、そして何故か胸の奥の奥を力ませながらついていってた。私はガンシカの間で閉じ潰れつつあった喉元を再度開いた。
「なんだろう。君、寂しそうな顔をしていたんだよ。だからかな。つい気になって、思わず声をかけてしまったんだ」
彼女は落としに落としてもう落ちなくなったその目線を今度は外側に向けた。私がいる方の右側、ではなく、私の存在しない左側に。真横ではない、左側の下の方を私に見られない様に目を絶対に見られず合わさない様に、そんな動きをした。歩みを早める事はなく、逆にさらにゆっくりとなっていることに気がついた。見える。彼女の…
「あっ」
私は躓いていた。
直ぐに立ち彼女の背中を追おうと思ったがもう一歩が踏み出せなかった。私は彼女が歩んでいった方向ではない方向、路地裏へ足を進めた。
「やばい」
高鳴りが再度鳴り出す。呼吸が浅くなる。肩の力は抜けているが、眼球は震えていた。
「俺、久し振りにナンパしたかもしれない」
ざわめく数多数の人混みの中、私はそんな言葉を地面に吐き捨てていた。