某日
叫び声、悲鳴、泣き声が凄い女優がいた。彼女はプレイが始まると太ももに赤い痣や切り傷が浮び出てきていた。その切り傷は縦に深く長く紅く伸びていた。どさくさに紛れてその傷を舐めたかったが、今日のただのエキストラだ。
某日
VR撮影。所謂、一人称視点の撮影だ。監督が僕の左頬に黒い塊を押し付けながら行為は終盤まで続いた。そういえばしていなかったキスをした。彼女の舌はただ僕の舌を口から掻き出すように絡みついてくる。キスの後彼女の虚の眼光が両目に映った。僕はその彼女の瞳を吸い取るように目を見開く。
「今どんな気持ち?」
「きもちいのぉ!きもちいのぉっ!もっと!もっと触って!もっと触って!」
その時ようやく彼女は随分大きな声で喘いでいることに気がついた。僕の頬にカメラがいるにも関わらず、彼女は僕の目を見続けて喘ぎ続けていた。VRだからカメラを見るべきなのだが、監督のカットは入らなかった。
某日
痴漢モノ。女優さんがバスに乗ってきたので席を譲った。「わぁ、ありがとうございますぅ!」図太いマスカラで大きく化かされた瞳を輝かせ、丁寧な挨拶を僕にした。何かに騙されているような感じがした、彼女は席に座るやいなや、バックからスマホを取り出して自撮りをし始めた。自撮りするために伸びた腕は僕のパーソナルスペースを易々と犯していた。僕は席から離れた。当然の事のように彼女の目線はスマホ上部の小さな穴の中だけに向かっていた。随分とイキイキとした失神顔をする女優だった。僕も彼女達のような圧倒的な演技力が欲しい。
某日
今日は女が殴られ蹴られるのを呆然と立ち尽くし見ているという仕事をしている。すごい演技力。すごい叫び。今日の女優さんは何やら随分とヤラレ演技が上手だなと思った。左手首から肘裏と右脚内側付け根に植えられた数十の白い短い直線を見るまでは。
何人の男に廻され蹂され打たれる。効果音ではない。平手で作る本物の、頬を弾くような音が、男達の唸るような罵声と女優の泣き声と共に、蒸し暑い部屋の中に響き渡る。カメラが止まると、いくらかの男優が心配を掛けるが彼女は口元を笑顔ににし、大丈夫ですと言葉を落とす。目は虚々としていた。
「おい!」と監督が怒鳴り散らす。その矛先は僕の方にだった。
「テメェカメラ回ってる時堂々としてんじゃねぇ!打つぞ?」
今日の僕はエキストラだ。目の前で女の子が犯されているのを怖がって見ている他人の描写を描かねばならなかった。僕は僕なりに怖がる演技として伏せ見がちに、しかし拳と肩と口角を力ませ体を震わせていたつもりだった。どうやらその硬直はいつの間にか解かれていて、随分とその光景に見入ってしまっていたのかもしれなかった。
某日
一本目が終わり、休憩。喫煙所にて煙を吸いながら彼はかりんとうを貪る僕に愚痴る。女優に文句を言われたらしい。
「女優って撮影の主役だし、ちやほやされるしで、アイドルみたいなもんだけど、最近は特に…自分からやりたいって子が凄く多いから、ああいう子はもう現場に呼ばれなくなるんだよ。NGの多い明日○キララもあんな事はいわねぇぞ。」
途中監督もやってきて
「キチガイなんだろうねあの子は」
と呆れた顔で同意していた。
「あの高飛車ブサイクがよぉ」
それだけはこっそり同意出来ない、無茶苦茶僕好みの顔、だが、みんなで笑いながら不満を煙と共に共有していた。皮肉な事に今回は男優7人で強姦する作品だ。
「そうだ、イラマしてやろうぜ」
怒りはタバコの灰カスとして土となり、炎天下彼らの萎えるマラ棒の活力となっていたようだった。どんな撮影になるのやら。
某日
シルの人達と仲良くなって僕はこの先ちゃんと男優になれるのだろうか、と、疑問に思ったら、シル男優のコミュニティ内の会話に入ることができなくなってしまった。彼らは言う
「若いから大丈夫だよ」
だとか
「本当にすごい、むしろオカシイ人じゃないと男優にはならないですよ」
とか
「今日早く帰れるんだ?いいなぁー」
何か彼らは違うなというのか、彼らの言葉を聞いて僕はなんだか悲しくなっていた。これは仕事なんだ、風俗でもなければ自慰のオカズでもない。そんな気持ちでやっていていいのだろうか…不満が哀れみが憎悪が不安が僕の思考を支配していた。このままではいけない、そう思考がロジックしてゆく。早く手配師を卒業して監督に直呼びされる男優とならなくてはいけない。
本職の男優業について、そういえばまだこのブログで触れていなかったのでその都度思っていた事を記したメモを上げてみた。
2016.8/19 加筆修正